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みどり花コラム
「ムラサキ」の苗を育てる 服部早苗

10年ほど前の秋のこと。植物画の友人から、10粒のムラサキのタネが送られてきました。ムラサキと言えばすぐ思い浮かぶのが、万葉集にある額田王の歌、

 

茜さす 紫野ゆき標野ゆき 野守は見ずや 君が袖ふる

 

そして大海人皇子(のちの天武天皇)による返歌、

 

紫のにほへる妹を にくくあらば ひと妻ゆゑに 我恋ひめやも   ですね。

 

ムラサキは、日本、朝鮮半島、中国、アムール川周辺に分布する多年草だそうです。現在日本では、絶滅危惧植物(環境省レッドリスト2020:絶滅危惧IB類)になっていますから、他の国でも、野生のものは少なくなっているのではないでしょうか?

 

日本では奈良時代から江戸時代まで、ムラサキは貴人たちの絹の衣装を染めたり、薬用植物としても重要で、国の各地の標野しめの(番人に守られた畑)で栽培されていました。それでもやはり、野生のムラサキの方が珍重されたらしく、2,3株でも見つかるとお上に献上されたそうですから、自然のものが生き残るのは、昔から難しかったことでしょう。しかし、明治時代に外国から簡単で安価に染められる化学染料が入ってくると、ムラサキはその役割を終えることになりました。畑で栽培されることもなくなり、ムラサキが薬草の名前であることも忘れられてしまい、ただ色の名前として残ることになってしまいました。

それでも野山でひっそりと花を咲かせているムラサキがあるのでしょうか?そんなムラサキをぜひ育ててみたいと思い、すぐ植木鉢に蒔きました。翌春、10本の芽がちゃんと出て来たので、早速1本ずつ小さなポリポットに植え替えました。ポットの底から細い根が出始めたら植え替え時ですが、それまで待ちきれず、表面の土をそおっとめくってみると、ふわーっと絹のようなうす紫の細い根が層になっていました。

 

ムラサキの花というと、花が紫色というイメージを持つ方がいますが、実際のムラサキの花は白く、形は同じムラサキ科に属するワスレナグサに似ています。ムラサキ科の花は花冠が5枚に分かれるのに、果実は4個の分果となる、ふしぎな構造をしています。5枚の萼片の中に4個収まった小さな分果(中にタネが入っている)の一つを手に取って拡大してみると、まるで釉薬をかけた小さな陶器の置物のようです。釉薬がかからなかった所(?)はザラっとした土の色のままで、とても自然の産物とは思えず、見惚れてしまいます。

 

ムラサキの分果(拡大図)

ムラサキの分果(拡大図)

 

 

染め物に使われる、肝心な根っこを見てみましょう。決して大きいとは言えない草本植物なのに、3年ほど育てたムラサキの、赤みがかった茶色の根は太く、枝分かれしていて、先の方はたくさんの赤いひげ根に覆われています。根は濡れるとすぐ色が落ちるので、洗わずに干して土を落とし、保存します。いつの日か、絹のハンカチやスカーフを染めたいものだと思っていましたが、たくさんの根が必要ですし、60度以上の熱を加えてはいけないそうで、なかなか実現しそうもありません。

 

ムラサキ 植物体全体図

ムラサキ 植物体全体図

 

 

以前、ある講演会で薬草のお話をされたT薬品の方に、ムラサキの育て方についてうかがったところ、暑さに弱いこと、日本の梅雨が苦手なこと、畑に植えるより、植木鉢のほうがいいこと(移動できるから?)など教えていただきました。従って、毎年たくさんの苗の面倒は見られず、2,3鉢育てて3年目には抜いて根を収穫できれば上出来かなと思っています。

 

この2,3年特に暑さがきびしく、ムラサキの苗を半日蔭に置いていますが、年を越せずに枯れることがあり、もう栽培は無理かなと思っています。ムラサキ染めは無理かもしれませんが、華岡青洲が考案したという紫雲膏を作ってみました。少しの根で簡単に出来ます。トウキ(当帰)※1も入れるそうですが、匂いが強そうで省略しました。やけどや肌荒れ、日焼け止めなどに効くそうです。ムラサキの根は「紫根」または「硬紫根」の名で、インターネットでも手に入ります。きざんだものが使いやすいです。

 

太白胡麻油(胡麻を炒らないで、生のまま絞った油)       100g

紫根(きざんだもの)                                                  10g

ラベンダーのエッセンシャルオイル                             3,4滴

 

  • ガラスの小瓶に入れて1週間から10日ほど漬け込む。紫根を茶こしなどで漉す。
  • 小鍋に、漉した胡麻油50gと蜜蝋5gを入れ、湯煎にかける。
  • 蜜蝋が溶けたら、好みでラベンダーオイルなどで香りづけし、小瓶(熱いうちに入れるのでガラス製がよい)に入れ、冷ます。

 

紅い、きれいな軟膏が出来上がります。染め物と違って、アルカリの媒染をしないので、紫色にはなりません。ハンドクリームにどうぞ。塗りすぎないように、少量を化粧水で延ばして使うとよいでしょう。

 

ムラサキで作った軟膏「紫雲膏」

ムラサキで作った軟膏「紫雲膏」

 

 

今年の3月、おととしから育てている苗を、一回り大きな鉢に植え替えました。新しい紅い根が回っていて、安心しました。もう小さな葉がのぞいていました。今年の秋まで大事に育ててタネと根を収穫できればと楽しみにしています。

 

滋賀県東近江市奥永源寺地域では、ムラサキの栽培を復活させ、地域おこしに活用しています。一帯は蒲生野と呼ばれて、天智天皇や大海人皇子、額田王らが、5月5日の節句に薬猟りをしたところだそうです。男性は薬になる獣(鹿)を狩り、女性は薬草(ムラサキ)を刈って、楽しく過ごしたとか。一度訪ねてムラサキが植えられているところを見たいと思っています。

 

※1 トウキ(当帰)…セリ科の多年草で本州中部地方以北に分布し、山地の岩の間などに自生し、漢方薬など薬用植物としても利用される植物です。

 

参考文献

青木正明「天然染料の科学」日刊工業新聞社

長田武正著「野草図鑑 ⑧ はこべの巻」P.112~P.113,P.193,保育社

鈴木康夫ほか共著「草木の種子と果実」誠文堂新光社

 

緑花文化士 服部早苗

(2024年5月更新)

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