キキョウを見ると思い出すことがあります。第一回緑花文化試験の問77です(2000年)。平安時代に「ありのひふき」と呼ばれた植物が問われ、正解はキキョウですが、私は見事外しました。配られた解説には「ありのひふき」は「蟻の火吹き」と書く。蟻がキキョウの花弁を咬むと、口から出たギ酸が花弁の色素アントシアニンを赤く変色させるためまるで蟻が火を吹いたように見える1) 、とある。化学で語られると信じやすく、蟻が花弁に火を吹く姿が鮮やかに脳裏に刻まれました。
最近、その画像が欲しくなりネットで検索。上記同様の語源説明は多数ヒットしますが、実験は2例だけ。蟻を花弁上で押し潰すか2)、花を丸めて巣穴に押し込んで3)、花弁の一部を赤変させています。後者が咬みつきの結果か分からないので、自ら火吹き画像の撮影を試みました。大型のクロオオアリを捕まえテープで固定。キキョウの花弁で大顎をつつきますが、素直に咬んでくれません。指先で触るとすぐに咬みつくので植物質に興味がないようです。何度か試してようやく咬ませ、傷口を口元にも触れさせました。しかし全く変色しません(図1)。アリの口に湿らせたpH試験紙を当てるとすぐ変色するので酸(多分ギ酸)は出しています。キキョウ花弁の切片を1%ギ酸水溶液に一瞬浸し引き上げると、周辺から赤変します(図2)。ギ酸の浸透には傷口が必要なのです。大顎で咬んだ傷を口に当てるのは容易ではありません。何とか当てても出るギ酸は少ないし、花弁に浸透し難いため赤変は起きない、と結論しました。
この機会に語源に何がふさわしいか考えてみました。蟻の巣穴に花弁を押し込むと赤変するため、との説もあります。現象は確かで、巣穴壁面で花弁が傷つき壁に付いたギ酸などによる変色でしょう。花弁を巣穴から引き出して赤くなっていても、それをなぜ「蟻の火吹き」と呼ぶのか素直に繋がりません。同じ赤といっても火炎の赤ではないので色素赤変系の説に私は懐疑的です。そこで他系統の説のから、キキョウの花柱を「蟻の火吹き(竹)」と見立てた、とする説4)を推します。仁徳天皇とかまどの煙の時代からつい数十年前迄かまどは生活に不可欠な設備でした。子供は火吹き竹を手に、よくかまど番を任されました。小さな棍棒状の花柱(図3)を見て「蟻が使うような火吹き竹」と呼ぶのは自然な発想に思えます。
とは言え、語源の多くは検証が困難です。今回のように実験できるのはごく限られます。従って、諸説ある場合、どれを採るかは好みの問題のような気が致します。
緑花文化士 志田 隆文
(2018年9月掲載)
参考文献等
1)湯浅浩史「植物ごよみ」啓林館(1999年)
2)http://www19.atpages.jp/miyabixxx/arihihuki.htm
3)http://blog.goo.ne.jp/fureainomori/e/bc536b46ae2c6656397203ec18ea4763
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