
子どものころ、カラスウリの真っ赤な実は野山の宝物のような存在でした。秋も遅くなって雑木が葉を落とす頃、藪に絡みついた宝物を手に入れようと、顔や手にひっかき傷をつくりながら崖をよじ登ったことを思い出します。
何年か前、そんな懐かしさに誘われて、赤い実のついた蔓を取ってきて、壁につるしておいたことがあります。その後どうしたかは覚えがないのですが、ある日、庭に独特の葉を見つけました。そのまま放っておいたら、白い縦縞のある緑の実をつけたのです。かわいい“うり坊”です。
この植物は、果実だけでなくいろいろな面で魅力を持っています。まず、果実の中にある独特の形をした種子です。打ち出の小槌と思い込んでいましたが、枝に結びつけた文(ふみ)に見立てタマズサ(玉梓、玉章)と呼ぶそうです。
『広辞苑』によると、【たまずさ】の項には、「古代、手紙を梓の木などに結びつけて使者が持参したことから」①手紙②使者③カラスウリの核※ という三つの意味が示されています。なんとも風流な呼び名です。小さな種子の形に着目した、古人の感覚の鋭さには感服いたします。

種子(打ち出の小槌か恋文か)
ところで、庭に生えたカラスウリ君、持ち前の旺盛な成長力で伸び過ぎ、退治されるはめになってしまいました。その時、根元を掘り起こしてみてびっくり。根の上部がいくつかに枝分かれし、節くれだった指のようになって栄養を蓄えているのです。あの生命力の源はここにあったのです。
そして極めつきの魅力は、あのレースを広げた花です。とても繊細で優美に見えるにもかかわらず、どこか魔性を秘めているように感じます。夕方開き、朝には丸くしぼんでしまうところなど、夜の世界の秘密を閉じ込めてしまったかのようです。
真夏の夜、魔性の花に誘われて、宴に興じる夜の蛾たちの姿を、いつかそっとのぞいてみたいと思っています。
※『大言海』『広辞苑』では“核”と記していますが、『国語大辞典』(小学館)では“種子”と表記しています。“種子”の方が適していると思います。
(緑花文化士 小林 正明) 2019年1月掲載

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