
自宅から車で10分ほどの場所に自然の中で遊んだり学んだりする教室・講座を行うための小さな工房を建てたのは、2003年の秋のことでした。以来、何十年も手つかずで荒れ放題だった休耕田や裏山の開墾作業をたったひとりで始めました。50歳も半ばになっていた私には、きつい作業でした。少しずつ少しずつコツコツと根気よく。いったんきれいにした山野は、最初の開墾時のしんどさを思うと、その後の手入れはどんなに億劫でもおろそかにすることはできません。この十数年間、工房周辺の雑草刈りやその他の整備は、ずっと怠りなく続けています。背後の山は歩き易くて木漏れ日がさす、冷んやりと静かな良い森となりました。伐採後数年も経つと長い間休眠していたらしい、いろんな植物たちも出現してくれるようになりました。ユキワリイチゲ、カワラナデシコ、キツネノカミソリ、シュンラン、‥等。最初は3~4本しか見られなかったギンランも、今では場所を少しずつ変えながら毎年数十本は見つかるようになりました。
ある年の5月中旬、いつものように森の中を散策していましたら、突然黄色いものが目につきました。心臓が、“トクン!”と音を出すような気がしました。毎年確認していたギンランは大きくても草丈10センチほどですが、こちらは40~50センチもあるでしょうか。たくさんの蕾をつけた見事な容姿のキンランです。息を止めて眺めました。この大きさなら今年になって初めて出現したものではないようです。去年もその前にもすでに生えていたはずなのに、その気で見ていなかったせいで出会えなかったのでしょう。ちょうど花の時期に気づかないまま夏が来て、他の草々が茂ってしまっていたのかもしれません。改めて周辺を慎重に見回すと、ほんの1アールほどの狭い一画にぽつりぽつりと点在しています。2~3個の花をつけたり、葉っぱだけだったりの小さなものも含めると数十本はあるようです。
「すごい!」「どうしよう!」

キンラン
嬉しくて、大声でみんなにふれ回りたい気持ちと、守るためにはだれの目にも触れさせてはならない、絶対秘密にしなくちゃという思いとが胸の中でうろうろ。
キンランやギンランは、近年環境の悪化のせいなどで数を減らしており、絶滅危惧Ⅱ類(UV)指定の植物です。菌根菌と呼ばれる菌類と依存度の高い共生関係をもって特別な生育形態をしている植物とのこと。林内の特殊な土壌にのみ生育するもので、移植は不可。未だに人工栽培が非常に難しいとされているラン科の植物です。とてもデリケートで気難しい貴婦人なのです。なんだかとっても素適な宝物をプレゼントされたような気分。ひとりでに笑みがこぼれてきます。毎年毎年ひとりで下草刈りに精を出し続けてきたオバサンに、森からのご褒美でしょうか。
山からの水を流すため、わたしが鍬一つで手掘りした排水路には毎年カスミサンショウウオが産卵にやってきます。どの季節にもワクワク、ドキドキすることがいっぱいの、里山暮らしです。
(緑花文化士 横山 直江)2019年4月掲載

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