北海道から沖縄まで、日本列島には10種もしくは11種※1の桜の原種が自生しています。そして、多くの園芸品種が栽培されてきました。花の時期が秋から冬の「十月桜」、2月の「寒桜」、そして4月下旬には黄緑色の「御衣黄」なども咲きます。花だけでなく、夏には緑陰樹、カエデより一足早い紅葉は「さくらもみじ」として四季を楽しめます。
園芸品種とは、外見上野生種と明確な区別点があること、特定の名称をつけて繁殖されていること、複数の場所で植えられていることが条件になります。高木の鑑賞用園芸植物の中で、世界最大・最古のものは日本の「枝垂桜」です。平安時代から「糸桜」、「枝垂桜」の名で知られ、「三春の滝桜」のような巨樹があります。おそらく野生のエドヒガンから枝が長く枝垂れるものが変わりものとして見出され、初期には原木の実生(滝桜では大部分は母種のエドヒガンに戻りますが数%は枝垂れ性のものがでる)、後には接ぎ木で繁殖されたのではないかと思われます。
「枝垂桜」以外でもカスミザクラ系八重咲の品種で「奈良の八重桜」が古くから伝わっています。
花木では、ヨーロッパや中近東のバラ、中国のボタンやウメ等が桜より古くから園芸化されています。しかし、その後の発展は西欧のライラックやシャクナゲ、中国のモモ、ムクゲ等殆どが低木や小高木に限られていました。
原種の樹高が10mを越える高木で、古くからの多数の品種が残るのは世界でも桜と椿、カエデだけで、日本の樹木園芸は非常に特異です。桜では多様な原種がある豊かな自然に恵まれたこと、実生や接木等の繁殖技術が早くから発達したこと、貴族社会だけでなく公共植栽として広まったこと等に加え、庶民まで緑や花を楽しんできた伝統、そして何よりも野生や栽培品種から変わりものを見出し、育て、広めてきた園芸家(江戸時代には植木屋と呼ばれました)の存在が大きいと思います。近世には野生からの変わりものだけでなく栽培品の実生などからも盛んに新品種が作出されたらしく、江戸時代後期には既に今と変わらない品種が図譜などに描かれています。
桜の名所、名木などは地域の人たちによって大切にされてきて今があります。三春の滝桜も地域の人たちによって守られてきました。江戸時代以来の多くの園芸品種は植栽後50年程度で樹勢が衰えはじめるものが多いため、適切な管理や接ぎ木で若返らせて捕植しなくてはなりません。なお、寿命が短いとされるソメイヨシノでも適切な管理をされたものでは100年以上の古木が各地で見られます。
戦争や都市化など幾度もの危機を乗り越えて名木、名所、園芸品種の現在があります。これらは何世代もの桜を愛した人々から受け継がれてきた財産です。信仰、芸術、娯楽など人と共に歴史を作ってきた日本の桜、これからも「桜の文化」が引き継がれていくことを願っています。
※1 桜の原種数は、カンヒザクラを自生とする場合、11種、園芸品種とする場合は10種となる
緑花文化士 鈴木 泰
(2022年3月掲載)
参考文献
櫻史 山田孝雄 講談社学術文庫
日本の桜 写真 奥田實/木原浩 解説川崎哲也 誠文堂新光社
桜のいのち庭のこころ 佐野藤右衛門 草思社
日本の桜 勝木俊雄 学習研究社
チェリー・イングラムー日本のサクラを救ったイギリス人 阿部菜穂子 岩波書店
新宿御苑の桜 勝木俊雄 書苑新社
野山の手入れと草木染め
キチジョウソウ 横山 直江
旅と植物 日名保彦
ナギの葉 松井恭
雑木林~私の大好きな庭 千村ユミ子
名札の問題 逸見愉偉
ミソハギ ~盆の花~ 三輪礼二郎
葛粉についてもっと知りたくて 柴田規夫
明治期にコゴメガヤツリを記録した先生 小林正明
「ムラサキ」の苗を育てる 服部早苗
活躍広がる日本発のDNA解析手法 植物の”新種”報告がまだまだ増えそう! 米山正寛
地に咲く風花 セツブンソウ 田中由紀子
クリスマスローズを植物画で描く 豊島秀麿
カラムシ(イラクサ科) 福留晴子
園芸と江戸のレガシー 鈴木泰
植物標本作りは昔も今もあまり変わらず 逸見愉偉
カポックの復権 日名保彦
オオマツヨイグサ(アカバナ科) 横山直江
森の幽霊? ギンリョウソウ 三輪礼二郎
ジャカランダの思い出 松井恭
水を利用してタネを散布する植物 柴田規夫
都市緑化植物と江戸の園芸 鈴木泰
スノードロップの季節 服部早苗
枯れるオオシラビソ 蔵王の樹氷に危機 米山正寛
シモバシラ 森江晃三
琥珀 松井恭
うちの藪は深山なり 千村ユミ子
神社で出会った木々 田中由紀子
光を効率よく求めて生きるつる植物 柴田規夫
モッコウバラとヒマラヤザクラ 服部早苗
志賀直哉と赤城の
花の
桜の園芸文化 鈴木泰
動物を利用してタネを散布する植物 柴田規夫
お餅とカビ 森江晃三
危ない!お豆にご用心 川本幸子
風を利用してタネを散布する植物 柴田規夫
山椒の力 いつも緑のとまと
土佐で見たコウゾの栽培 米山正寛
大伴家持の愛した花 カワラナデシコ 安田尚武
「シアバターノキ」とブルキナファソ 松井恭
白い十字の花、ドクダミの魅力 柴田規夫
いずれアヤメか 三輪礼二郎
すみれの花咲く頃 川本幸子
シマテンナンショウの話 臼井治子
セツブンソウ(節分草) 森江晃三
ハイジとアルプスのシストの花 松井恭
年賀状 再び 永田順子
開閉するマツカサ 小野泰子
和の色、そして、茜染めの思い出 柴田規夫
知らないうちに 逸見愉偉
ボタニカル・アートのすすめ 日名保彦
ハマナスの緑の真珠 志田隆文
恋する植物:テイカカズラ 古田満規子
マメナシを知っていますか? 服部早苗
桜を植えた人 伊藤登里子
春の楽しみ 鯉渕仁子
みゆちゃんのわすれもの 山岸文子
遅くなってゆく年賀状 永田順子
イソギクは化石のかわりに 古川克彌
イノコズチの虫こぶ 清水美重子
ヒマラヤスギの毬果 小野泰子
私たちのくらしと海藻 川本幸子
河童に会いに 松井恭
カラスビシャクを観察して 志田隆文
何もかも大きい~トチノキ~ 三輪礼二郎
キンラン・ギンラン 横山直江
早春の楽しみ 豊島秀麿
キンセンカ、ホンキンセンカ 佐藤久江
カラスウリの魅力 小林正明
イチョウ並木と精子 森江晃三
コスモスに秘められた物語 下田あや子
「蟻の火吹き」の語源について 志田隆文
新しい植物分類 豊島秀麿
サルスベリ(猿滑、百日紅) 宮本水文
小松原湿原への小さな旅 松村文子
野生植物の緑のカーテン 小林英成
江戸の文化を伝えるサクラソウ 黒子哲靖
工都日立のさくら物語 ―大島桜と染井吉野― 鯉渕仁子
ニリンソウ(キンポウゲ科イチリンソウ属) 佐藤久江
能楽と植物 川本幸子
サカキの冬芽と花芽 古川克彌
ケンポナシみつけた 永田順子
セイダカアワダチソウの話 逸見愉偉
ヒガンバナ、そしてふるさと 森江晃三
いにしえの薬草‘ガガイモ’ 服部早苗
トリカブトの話し 三輪礼二郎
ツユクサ、花で染めても色落ちしてしまう欠点を逆利用!柴田規夫
アサギマダラ 横山直江
「思い込み」の桜 田中由紀子
常磐の木 タチバナ 清水美重子
柿とくらし 三島好信
植物に親しむ 小林正明