春、パーゴラを覆うように咲いていた白と黄色のモッコウバラの花が終わり、新しい枝が伸びて来ると、枝先にアシナガバチや、スズメバチがやって来ます。もう花はないのになぜ?と観察していると、細い枝先の若葉をしごくようにしています。小葉の周りの鋸歯が蜜腺になっていて、舐めてみると甘いのです。バラの花には蜜がないそうですが、モッコウバラは葉にある花外蜜腺が、ハチたちのご馳走になっているようです。花外蜜腺では花粉を運んでもらう事はできないのに、なぜモッコウバラは、こうしてハチたちに蜜をご馳走するのでしょうか?それは、ハチたちが若芽に食べる虫を捕ってくれるからだと思います。ちなみに、ミツバチはこの仲間には加わりません。葉から蜜を採取する能力がないのでしょうか?もし採取できたとしても、ミツバチは虫を捕ってはくれないので、モッコウバラにはお邪魔虫ですね。
桜の葉にも、葉身の付け根に蜜腺があります。この蜜腺はアリを呼び寄せて虫を退治してもらうため、という説がありますが、それほどアリが集まっているのを見たことがありません。私はモッコウバラも桜も、ハチを呼びたいのだと思います。
染谷正孝氏の「桜の来た道」には、ヒマラヤの3種の桜が登場します。その中で、桜の起源はネパールから中国の雲南省に分布する唯一の秋咲き種、ヒマラヤザクラではないか、そしてヒマラヤから旅立った桜の祖先は、新たな土地の気候や風土に適応して様々な種類に分かれ、あるものは冬の厳しい寒さに対応して、春咲きの性質を獲得したのではないかと書かれています。ヒマラヤと聞くと、「極寒の地」をイメージしがちですが、ヒマラヤザクラの故郷は沖縄と同緯度で、強い風もなく温暖な土地のようです。
ヒマラヤザクラの花は、こぼれるほどの蜜を出します。鳥も蜜を吸いに来るようですが、ヒマラヤには二種類のオオミツバチがいて、桜の花粉を運んでいるらしいのです。もしそうなら、花のない時期にも花外蜜腺でハチを誘って、若葉を食べる虫を退治してもらっているのでは?そして、もしかしたらヒマラヤの桜たちの葉の蜜腺は、日本の桜よりもっとおいしい蜜を出しているのでは? ヒマラヤから遠く離れた日本には、桜の花外蜜腺を利用するミツバチの仲間がいないので、蜜腺は退化し、かすかな甘みしか出さなくなったのではないか等々、想像が膨らみます。
モッコウバラは他のバラと同様に、チュウレンジバチなどの幼虫に若葉を食べられます。けれども頻繁に蜜腺にやって来るハチのお陰か、いつの間にか葉先の幼虫はいなくなっている気がします。きっとモッコウバラの故郷、中国の南西部にも、蜜腺を利用するハチがいるのでしょう。そこでは谷沿いに、原種の白い一重のモッコウバラが一面に咲き乱れて、何とも言えないよい香りが漂うのだとか。そして養蜂が盛んで、不思議なことにモッコウバラの蜂蜜が存在するのだとか。バラの花には蜜がないはずなのに?もしかしたらそれは花の蜜ではなく、花外蜜腺から集められた蜜なのではないでしょうか?そこにはモッコウバラの葉から蜜を採取する技と文化を持ったミツバチが、暮らしているのではないでしょうか?花の終わったモッコウバラを見上げて、妄想が止まりません。
緑花文化士 服部早苗
(2022年6月掲載)
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