
名曲・知床旅情で有名なハマナス(写真1)は、福島県いわき市の海岸では今は絶滅状態ですが、往時の末裔が家々の庭先を彩っています。
ある年の9月、民家のフェンス越しに出会いました。ハマナスの葉裏に緑の真珠がびっしり(写真2)。正体が分からず、1粒割ると中に幼虫が1匹。美しすぎる虫えい(虫こぶ)でした。帰って調べて、「虫えいの名前はハマナスハタマフシ。ハマナスハタマバチという蜂がハマナスの葉裏に産卵して出来る。この蜂は雄を欠き雌だけで単為生殖し、学名はまだない。」などを知りました1)。

写真2 虫えいハマナスハタマフシ

写真3 木質化した虫えい
緑の真珠は9月下旬に、ハマナスの葉より一足早く次々に褐変し木質化して、軽量・堅固なミニ花火玉となりました(写真3)。この主に会いたくなり、家主さんに断って虫えいを頂き保管。翌年6月に待望の成虫脱出が始まりました。かわいい蜂です(写真4)。

写真4 ハマナスハタマバチ(1mm目盛)
ハマナスにこの成虫を放すと新葉に盛んに産卵したのに、その後ずっと変化がありません。ようやく8月に微小な虫えいが出来ました。この2ヶ月間、ハマナスと卵の激しい攻防があったと想像できます。虫えいが生じたのは放虫時に未展開だった3葉だけでした。幼い葉ではハマナス側の異物排除反応が効かず、卵など蜂側の攻撃に屈したのです。蜂側はハマナスの遺伝子を操作して自身の居室を作らせました。まさに神の技です!虫えいの位置は太い葉脈に隣接しており、養分横取りに最適です。2週間で直径5mmに膨らみました。
同じバラ科のノイバラには、先の成虫とそっくりなバラハタマバチという蜂が虫えいを作ります2)。試しに先の成虫をノイバラに放しました。熱心に産卵しても(写真5)虫えいは全くできません。ノイバラの抵抗反応に勝てるのはバラハタマバチだけでした。

写真5ノイバラに産卵するハマナスハタマバチ
この虫えいから、なんと別の蜂も出てきました。ハマナスに寄生する蜂に更に寄生する寄生蜂です。自然は抜け目ない!寄生蜂は6種確認できましたが同定はまだです。毎年発生するのは2種だったのでそれらを寄生蜂A(写真6)とB(写真7)と仮称しました。寄生蜂は虫えい支配力がないので発生時期は重要です。虫えいの中が見えるように二つ割りして並べておくと、寄生蜂AとBの発生時期と成長過程が観察出来ました。虫えいが褐変する頃、中の寄主の幼虫は前蛹という芋虫様の耐久態に変わります。するとその後はもう寄主に用はありません。寄生蜂はそれぞれの適時に活動を開始。その幼虫は前蛹を吸収して育ちました。密室で物質の出入り無しに変身する、不思議で壮絶なドラマでした。

写真6 脱出虫えいと寄生蜂A(1mm目盛)

写真7 左側虫えいから脱出した寄生蜂B、左より雌4と雄2匹
寄生蜂Aは1前蛹から1匹が、寄主と同じ頃羽化するので、寄主の卵に産卵するようです。一方、寄生蜂Bは小型で1前蛹から平均4匹発生し、羽化時期は寄主より2ヶ月程遅れます。まだ未発達の微小な虫えい内の若い寄主に産卵するのでしょうか。
以上の現象の多くは、虫えいの世界で広く起きています。神秘に満ちていますね。ハマナスは景観植物として時々植栽されます。秋に出会ったら葉裏を点検してみて下さい。緑の真珠か花火玉に出会えますよ。
緑花文化士 志田 隆文
2020年6月掲載
引用及び参考文献
1) 北海道の虫えい:http://galls.coo.net/index2.html
2) 虫こぶ入門、著者:薄葉重、発行:八坂書房、発行年:2007年

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