
万葉集で山上憶良により、秋の七草のひとつとして詠まれたカワラナデシコですが、万葉集編纂に関わった中心人物とされる大伴家持は、集中26首詠まれたカワラナデシコのうち11首も詠んでいて、その愛好ぶりが歌からうかがえるものです。
「秋さらば見つつ偲へと妹が植ゑし屋前の撫子咲きにけるかも」(巻3 464)
「わが屋前の撫子の花盛りなり手折りて一目みせむ児もがも」(巻8 1496)
「一本の撫子植ゑしその心誰に見せむと思ひそめけむ」(巻18 4070)
「わが背子が屋前の撫子散らめやもいや初花に咲きは増すとも」(巻20 4450)
これらの歌からは、天平年間のこの当時から庭(屋前)にカワラナデシコを植えて、花を見て楽しむのが行われていたことがうかがえます。
「秋になったら庭に植えた撫子の花を見て私を思い出して下さい(巻3 464)」と言った女性や、「撫子を植えた、その気持ちを分かって欲しい女性がいる(巻18 4070)」ということで、家持にとってカワラナデシコはただの花ではなく、愛しい女性を偲び、思いを寄せるのにふさわしい花だったようです。
カワラナデシコは、花弁が繊細に切れ込み、花色もピンクの濃淡や白でやさしく良い香りもありますので、優美な女性になぞらえるのにふさわしい花と言えそうです。カワラナデシコは、後には大和撫子として、日本女性の美称ともされたものですが、それは、万葉のいにしえから伝わったものかも知れません。
「大君の遠の朝廷と任きたまふ宮のまにま み雪降る越に下り来あらたまの年の五年しきたへの手枕まかず紐解かず丸寝をすればいぶせみと心なぐさに撫子を宿に蒔き生し夏の野のさ百合引き植ゑて咲く花を出で見るごとに撫子がその花妻にさ百合花ゆりも逢はむと慰むる心しなくは天離る鄙に一日もあるべくもあれや」(巻18 4113)
この歌は、天平18年(746年)に越中守として越中国府に単身赴任した大伴家持が、愛しい妻の大伴坂上大嬢に会えないでいる淋しい気持ちを慰めるために、カワラナデシコの種子を播き育て、花に妻の面影を偲んでいたものです。
「わが屋外に蒔きし撫子いつしかも花に咲きなむ比へつつ見む」(巻8 1448)
この歌からもすでにカワラナデシコを園芸的に実生栽培して庭に植えて愛でていたことが分かります。私も大伴家持にならってカワラナデシコの実生栽培をしたことがありますが、発芽率も良く初心者でも成功するもので、種子から育てると土地に馴染んで丈夫に育つものです。種子から育てるとより愛着も親しみも湧くものですから、愛しい女性や妻の面影を花に見る、ということも納得がいくものです。
緑花文化士 安田尚武
(2021年8月掲載)

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