
志賀直哉が群馬県の赤城山を題材にした作品では『焚火』が有名ですが、先日、全集で『赤城にて或日』と題する短編を見つけました。作者はこの作品の冒頭で、「赤城には三種の躑躅があつて」と、赤城山に咲くツツジを紹介しています。直哉のことばで描写されているこれら三種のツツジがいったい“何ツツジ”を指しているのか興味が湧き、考えてみました。
【一】「最初に咲くのがよく赤城躑躅と云つて東京の縁日などで堅い蕾のまま枝を売つて居る」と記し、「他の木と一緒に切つ立ての岩の間などから二丈も三丈も幹を延して居る」と表現しています。このツツジはアカヤシオだと思われます。春、周囲の木々の若葉が芽吹く前に、急峻な岩場で淡いピンクの大輪の花を付けている光景から、赤城に春を呼ぶツツジと言って良いでしょう。特に、覚満淵や大滝をバックに咲く風景はカメラマンの人気の的になっています。
【二】「其次に咲くのが(中略)色も種々で随分美しい」「二間位の高さに延びたのが(中略)枝を笠のやうに展げたのを見かける事がある」と書いています。さて、これは“何ツツジ”でしょうか。花の色に変化があることからサラサドウダンを連想しました。しかし、ドウダンツツジ類は小さな花が下向きに咲くので、「随分美しい」と描写するほど目立つでしょうか。そこで、赤城の動植物に詳しい友人のKさんに意見を聞いたところ、ヤマツツジでしょうとの答えでした。不覚にも私はヤマツツジの花にいろいろな色のあることを知らなかったのです。

個体によって微妙に花の色が違うヤマツツジ
【三】「最後に咲くのが殆ど山一杯、何処にもある小さい灌木の躑躅」です。これは、間違いなくレンゲツツジでしょう。六月ころ最も目立つツツジで、特にかつて放牧地であった新坂平付近では、牛に食われることなく残るので一斉に咲きそろう景観は、赤城の象徴として今も見ることができます。

新坂平のレンゲツツジ(撮影:粕川昭久氏)
そして、直哉は「二番目の躑躅の盛りの時」妻を同伴して鈴ヶ岳に登り、岩穴で野宿します。集めた枯れ枝を燃やして雑炊をつくり、蚤に悩まされながらの一夜を経て、翌日のんびりと散策して帰宿するという体験を綴り、大正四年の赤城の風物を生き生きと描き出しています。
(2022年5月掲載)
緑花文化士 小林正明

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