
春の野山を歩く楽しみは摘み草です。子供の頃、日当たりの良い川の土手には土筆(スギナ)や餅草(ヨモギ)が芽生え、湧き水の池には香り高い芹が生えていました。姉とこれらの若草を摘んで帰ると、母が料理してくれました。春になると懐かしく思い出され、散策の折に一握り摘んできて味わいます。
現代は食生活や自然環境が大きく変化し、摘み草を楽しむ人が少なくなりましたが、遠い万葉の時代、宮廷では春を告げる年中行事として、若菜摘みが行われていました。
万葉集の巻頭の歌は雄略天皇です。
籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし 持ち この岡に 菜摘ます児 家告らせ
名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ しきなべて 我こそ
いませ 我こそは 告らめ 家をも名をも
天皇が若菜を摘む娘達に求婚する事で、神に作物の豊穣を祈る、国の大切な農耕儀礼でもありました。巻頭にふさわしい歌です。
万葉集の若菜摘みの歌を探してみました。
春日野に 煙立つ見ゆ 娘子らし 春野のうはぎ(ヨメナ) 摘みて煮らしも 作者未詳
若菜は煮て羹(吸い物)にして皆で食べます。春日野で行われている若菜摘みを、煙の登る様子を見て思っています。人々が賑やかに集い楽しむ野遊びの光景が目に浮かぶようです。
若菜摘みの行事は行楽や遊覧の場でもあり、庶民がおおらかに楽しんだのでしょう。
春の野に すみれ摘みにと 来しわれそ 野をなつかしみ 一夜寝にける 山部赤人
すみれも若菜として羹にします。雪で若菜摘みが出来なくなった折の歌です。
若菜摘みのおとめの立場で詠んだとも考えられています。
貴族の雅な若菜摘みの遊びが思われます。
万葉の人々は、春の大地より力強く芽吹く若菜に旺盛な生命力を感じ、若菜摘みを行事に託して作物の豊穣や健康を祈りました。
春の野に出かけて、摘み草を楽しみませんか。
緑花文化士 鯉渕 仁子
2020年2月掲載

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