「太古の森に流れ落ちたひとしずくの樹脂、やがてそれは琥珀となり、かつての森の豊かさを物語る」
これは日本で有名な琥珀産地、岩手県の久慈琥珀博物館のパンフレットに書かれている文章です。「ひとしずくの樹脂」それがあのアクセサリーに用いられる美しい琥珀の原点かと思うと、興味をそそられます。
宝石にはダイヤモンドをはじめルビーやサファイアなど色々ありますが、パール(アコヤ貝の涙)なども生物由来の宝石として人気があります。中でも、太古の昔、長い長い歳月を経て、1本の樹木の樹脂から生まれる琥珀にはロマンを感じます。
新宿御苑の温室は、10年ほど前美しいガラス張りの建物に変わりましたが、私は以前の色々な樹木がただ雑然と植えられていた温室を今懐かしく思い出します。あの古い温室にあった樹木たちは、今どこかに移植されて元気なのでしょうか?気になります。温室は二階建てになっていて、高木の枝の様子などじっくり眺めることができ、かつ触れることが可能でした。
そこで珍しい樹木に出会いました。葉がまるで手で編んだような形だったのです。「あ、リリアン!」と思いました。私の年代の女性はどなたも、幼い頃、小さな器具を使って色とりどりのきれいな糸を編んで遊んだリリアン編みの経験があると思うのです。そのリリアンにそっくりだったのです。そっと葉っぱに触ってみました。やわらかくて何故か懐かしくて本当にリリアンのようでした。その樹木に名札はなかったのですが、植物図鑑で「ナンヨウスギ」(学名 アラウカリア、ナンヨウスギ科)と知りました。現在は、新宿御苑に植えられていないそうです。
この「ナンヨウスギ」は夢の島熱帯植物館(江東区)の園庭でも(ということは温室でなく)出会いました。
新宿御苑の温室では「パナマソウ」にも出会いました。赤い花が咲いていたような記憶があるのですが、果実だったかもしれません。※1
パナマ運河で有名な国「パナマ」の名は、「パナマソウ」から取られているそうです。※2
私が幼い頃、父は中折れのパナマ帽を被っていました。パナマ帽は、「パナマソウ」の葉の繊維を編み込んで作られたものだそうです。
話は戻って、久慈の琥珀ですが、「ナンヨウスギの仲間」の樹脂が化石化したものと後に知りました。かつて新宿御苑で出会い感動を覚えた「樹木」と、美しい「琥珀」が結びついたのです。まるでパズルのように。感動です。
夫が定年を迎えた時、夫の希望で、三陸の浄土ヶ浜に参りました。10年前の東北地震と津波で今ではすっかり風景が変わってしまったそうですが、私共の参りました時は、まさに浄土ヶ浜。砂浜から見えるいくつかの岩場に姿の良い樹木が茂り、箱庭のような(自然の風景を箱庭のようなというのはおかしな表現ですが)佇まいでした。
美しい松の大木や海から昇る見事な朝日が見える高台のホテルに宿を取りました。そのホテルの売店に久慈琥珀の色々な品が売られていました。旅の記念に、葡萄のデザインのブローチをひとつ買いました。果実のひとつひとつが琥珀で出来ているブローチを今でも大切にしています。その時、久慈まで足を延ばせばよかったと今でも残念に思っています。
「久慈琥珀は、約9,000万年前の中世時代白亜紀という時代にあたり、恐竜が繁栄していた時代です。」博物館の学芸員さんから頂いた手紙にこのように書かれています。
ひとつ疑問を持ちました。
久慈は岩手県北部に位置する寒冷地です。「ナンヨウスギの仲間」がそんな寒冷地に森を豊にするほど生えていたのでしょうか。
「当時は地球全体が非常に温暖な気候で、久慈地方も亜熱帯地域だった。ということが明らかになっています。」
納得です。
学芸員さん、色々教えてくださりありがとうございました。
蝶をはじめ、昆虫の好きな娘にパンフレットに載っているトンボやアリの閉じ込められている琥珀の実物を見せてあげたい、と思う今日この頃です。
それはまさしく、数千万年近く前の昆虫の姿なのですから。
緑花文化士 松井 恭
(2022年10月掲載)
※1 パナマソウ(パナマソウ科)は、果実が熟すと赤やオレンジ色になります。
※2 国名の由来はクエバ人の言葉で、「魚が豊富」を意味する言葉から来ているなど諸説あります。
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