カラスビシャクの花は少し不気味ですが愛嬌も感じられファンも多いようです(図1)。散歩途中にある小群落を春から見ていると開花しても全く結実しません。不稔の系統があるのかと疑ったのですが、6月末から急に結実し始めました。この急変の謎解きを皮切りに、本草には5年間楽しませてもらいました。
急変は気温差では説明できなかったので、花粉媒介昆虫(以下、送粉者)の増加と予想しました。鉢植え株を用意して結実開始の早い別の群落へ運ぶと結実したので、予想は間接的には証明されました1)。
次は直接証明です。本草の受粉は次のように行われます。仏炎苞の筒部に雌花と雄花が穴のある隔壁を挟んで別居しており(図2)、舷部が開くとまず雌花が開花。送粉者が花粉を付けて飛来すれば受粉しますが、筒部に出口がないので閉じ込められます。数日後、雌花が萎むと雄花が花粉を出すと同時に、筒部の底部に隙間が開くので送粉者は新花粉をまとって無事脱出します。
この仕組みをヒントに、雌性期に筒部底部にテープを貼り雄性期に生ずる開口を止める方法で、シーズン中、訪花虫を捕獲しました。予想通り6月末までコバエは発生しないようで、訪花も当然結実もしません。その後徐々に訪花コバエが増えると結実率は上がり、コバエ数と結実率は相関しました。捕獲昆虫は殆どが体長1mm前後のコバエ類で、3種いたのでa,b,cと仮称(図3)。
専門家の鑑定でa,b,cは其々、タマバエ科、ヌカカ科、タマバエ科に属しました。結実率からこれらがカラスビシャクの送粉者と判明しました。
この観察をした福島県いわき市から離れた地域でも同じコバエ達が活躍しているのか知りたいものです。
上記の方法で、コバエaは夜、bは昼に訪花することも分かりました。サトイモ科植物の付属体は多様ですが、臭気を出して送粉者を誘引する器官とされます。本草の細長い付属体も誘引器官でした。これを切除するとコバエは来なくなったのです。夜型もいるので臭いを出すようですが人には全く感じません。コバエは雌ばかりだったので産卵に関する臭気を発している可能性があります2)。
首尾よく受粉し完熟すると果実は地表に落ちますが、半日後には消えました。蟻の仕業と考え、巣穴近くに果実を播くと狂喜して巣穴へ運びました(図4)。蟻が種子散布を助けることが知られているクサノオウ種子とカラスビシャク果実に対する蟻の嗜好性は同レベルでした。蟻散布種子に新たな一員が加わりました。どんな成分が蟻を誘うのか興味深いところです3)。カラスビシャクはまだまだ謎に満ちています。
かのアインシュタインは言ったそうです。「観察したり、理解したりする喜びは自然からの最大の贈り物である」と。まさに実感致します。
緑花文化士 志田隆文
(2019年6月掲載)
参考及び引用文献
1)カラスビシャク(Pinellia ternata)の有性繁殖、志田隆文、冨永達、東北の雑草13、15(2014)
2)カラスビシャクの送粉者とその行動特性、志田隆文、冨永達、東北の雑草15、1(2016)
3)カラスビシャク(Pinellia ternata)果実のアリ散布と水散布の可能性、志田隆文、冨永達、東北の雑草13、20(2014)
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