日本の野生植物は維管束植物(種子植物とシダ植物)に限っても7,000種(亜種、変種を含む)ほどが報告されてきています。植物は長くその形態、すなわち姿かたちをもとに分類されてきました。顕微鏡の発達とともに染色体数などにも目が向けられ、最近はDNAを分析する技術も進展して、利用されるようになっています。そうした技術の中で注目されているのが、東北大学の陶山佳久教授らが発表したMIG-seq(ミグセック)法です。この手法を適用した研究が進むことで、国内の種数がいっそう増えていく見込みなのです。
生物のDNAは4種類の塩基(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)が何万~何億と並んで構成されています。そして突然変異によって塩基の種類が1か所だけ変わること(1塩基多型)がしばしば起こります。長い生物の歴史の中では、これが積み重なって近い種や同じ種内の個体間でも多くの塩基配列の違いが生じています。
MIG-seq法はそうした違いを従来のDNA分析技術より早く、安く、そして網羅的に調べる方法です。検出された1塩基多型を比較検討することで、姿かたちからはわからなかった個体や集団、そして種の違いまでを、従来の方法より簡単に把握できるようになりました。
陶山さんたちが、これを大規模に適用したのが東南アジアにおける熱帯林の研究です。どこにどんな種類の植物があるのかがはっきりしていない地域も多い中で、9か国43地域で植物を採集して標本を作り、DNAを分析しました。調査が行き届かずに生物多様性が低いとされていた地域が、どこにも負けない高い多様性を持つことを明らかにしてきたのです。調査した植物の分類を見直す作業は続いていますが、1,000種にも及ぶ新種が報告されそうな勢いだそうです。
こうした成果をもとに、日本国内でも2020年から野生植物をすべて調べ直そうというプロジェクトが九州大学の矢原徹一名誉教授を中心に始まりました。詳しい結果はこれから少しずつ明らかにされますが、すでにカエデ属(ムクロジ科)など30属以上の植物で解析が進んでおり、新種とみなされるものがいくつも見つかっているそうです。私が住む東北地方でも調査は実施され、昨年12月に仙台市であった発表会では、宮城県内でオトギリソウ属(オトギリソウ科)やミズ属(イラクサ科)などに新種が見つかったと報告されていました。
MIG-seq法のような新しい技術を生かした研究の流れは、植物の種を系統関係に基づいて正確にとらえることにとどまりません。
1年余り前の2022年12月にカナダで開かれた生物多様性条約締約国会議では、生物多様性に関する新たな世界目標として「昆明モントリオール枠組」が合意されました。その中には「野生種及び家畜・栽培種の個体群内の遺伝的多様性が維持され、その適応能力が保護される。」(環境省仮訳)という一文があります。生物多様性条約の歴史の中で、絶滅危惧種や農業的な価値のある種ばかりでなく、普通種を含む野生種全体の遺伝的な多様性を守る必要性に踏み込んだのは初めてだったそうです。
普通種にも多様な遺伝的変異が潜んでおり、それをとらえて保全する努力が求められる時代がやってきました。MIG-seq法は野生植物の種内にある遺伝的な変異を把握することにも大きな力を発揮します。これからも活躍の場はますます広がっていくでしょう。
緑花文化士 米山 正寛
(2024年4月更新)
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