植物はタネを散布する器官を持っていて、自分で散布する種類もありますが、多くは自然界にある動くものを利用して散布しています。自然界にある動くものとは、風・水・動物の3つです。これら3つのうち風と動物を利用する場合についてはこれまでに書きましたので※1、今回は水を利用して散布する植物のお話をします。
水を利用してタネを散布することを水散布といいます。水散布には、①水の流れを利用して散布する方法(これを水流散布と筆者は呼んでいます)と、②降水時の水が落ちる力を利用して散布する方法(降水散布)の2つに分けることができます。
水流散布は、水の流れ以外に風によりできた波などでタネが動く場合も含めます。水流はさらに海流・河川流・雨水流に分けます。海流散布する植物としてココヤシ・アダン・ハマオモトなどが、河川流散布する植物としてオニグルミなどが、また、雨水流散布する植物としてネコノメソウ・ユウゲショウなどが知られています。
名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ
故郷の岸を離れて 汝はそも波に幾月
これは島崎藤村の「椰子の実」の一節ですが、柳田国男が愛知県の伊良湖岬に流れ着いたヤシの実を見て、それを藤村に話したのを藤村が詠んだものとして知られています。ヤシの実が海流によって伊良湖岬にたどり着いたのでしょう。海流散布の良い例です。筆者も沖縄だったと思いますが、小さな島の海辺の砂浜にココヤシの実が流れ着いていたのを見たことがあります。そのヤシは既に芽と根を出していました。また、オーストラリアの海辺でヒルギの実が流れ着いていたのを見たこともあります。海流がタネや実の散布に役立っているのだなあと実感したものです。
40年近く前のことですが、筆者は横浜市の許可を得て、横浜を流れる川の最下流部に人工的にワンド※2を造り、そこに流れ着いたものを1年間調査したことがあります。流れ着いたものの一つにオニグルミの実(植物学的には種子)があります。その後、その川の上流部に行った折に、オニグルミの木が何本か生えているのに気づきました。しかも実をつけていたのです。これらの実が時期に河川流で運ばれ、その一つがたまたま筆者が造ったワンドに入り込んだのでしょう。
降水散布は雨が落ちる力を利用しています。タツナミソウでは萼に皿状の付属物があり、それに雨が当たるとタネが飛び出す仕掛けになっています。皿状の部分を指で軽く押すとタネがピンッと弾け出てきます。面白いので、タツナミソウの果穂を見かけたらぜひ皿部分を触ってみてください。動物が歩いている折に穂に触っても飛び出すので、動物散布にもなりますが、動物が偶然触るより、雨のほうが確実に降るので、降水散布として捉えるほうがよいと思っています。しかも雨の日にタネが散布するので、播種と同時に散水される状態になります。我々がタネを播いた後に水をまくのと同じことを、雨がしてくれているのです。
緑花文化士 柴田規夫
(2023年4月掲載)
※1 「風を利用してタネを散布する植物(2021年11月掲載)」、「動物を利用してタネを散布する植物(2022年2月掲載)」。
※2 ワンドは本川とつながっている水がよどんでいる所。
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