「富士には月見草がよく似合ふ」
太宰治の、このあまりにも有名な一文のおかげで「ツキミソウ」は、たいして植物に関心のない人たちでも知っている名でした。夕闇せまる頃、ひっそりと花開く黄色の花に、竹久夢二などは「宵待ち草」というロマンチックな名を付けて。江戸末期から明治初期にかけて日本にやってきたこの植物に、日本の人々は文学的な感興をかきたてられて、憧れたのかもしれません。
ただ、文学の世界では名前などは情緒や風趣優先でもいいのでしょうが、自然科学の分野ではなるべく正規の植物名にしたいものです。富士山付近に「金剛力草とも言うべき風情」で、すっくと咲いていた月見草は、図鑑でいうツキミソウではなかったのではと思われます。本物のツキミソウは草丈20~30㎝程度、花径約5㎝。黄色ではなく純白の4弁花を咲かせます。外来雑草とは思えぬほど繁殖力が弱くて、我が家にある数本のツキミソウも、いつ消え去るかと気がかりになるほどのか弱い草です。とても富士の見える路傍にすっくと咲いていたとは考えられません。自生とか野生化はかなり難しそうに思えます。大正ロマンを漂わせていた富士の月見草は、多分オオマツヨイグサかマツヨイグサだったのではないでしょうか。
オオマツヨイグサは、草丈80~150㎝、花径8㎝はある鮮黄色の花です。先に入ってきていたマツヨイグサはチリ原産でオオマツヨイグサは北米原産です。昭和の中頃までは日本中いたるところで咲いていたようですが、戦後はアレチマツヨイグサ(メマツヨイグサ?)やコマツヨイグサに押され、オオマツヨイグサはいつの間にかあまり見かけない外来種になってしまいました。わたしは数年前、辛うじて残っていた県北で種を採取し、住まいの周辺に蒔きました。今のところ、年々株は増え、順調に育っています。
蒸し暑さの中にようやく涼しい風が混じるようになる夕暮れ時、オオマツヨイグサの株のそばに陣取ります。オオマツヨイグサは、午後7時、今夜咲くよという風情の膨らんだ蕾の苞にスッと切れ目の筋が入り、中の黄色が見えるようになります。ここからが大変。やぶ蚊の襲撃を気にしながらじっと見つめます。黄色の線はなかなか広がりません。待つこと約30分。突然、蕾を覆っている萼片が「く」の字に!萼片がパッと反り返ると、「あああああっ~~!」時間にして10秒?20秒?開花の様子は、まるで高速度撮影か何かの映像を視ているみたいです。
目の前で繰り広げられる真夏の夜のスペクタクル。何か他のことをしながら待っているとその瞬間を見逃してしまう惧れがあるので、開花が終わるまで、わたしはビール・タイムも始められません。
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(2023年7月掲載)
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