
伊豆七島の八丈島、三宅島、御蔵島に自生するシマテンナンショウはサトイモ科テンナンショウ属の植物で、鳥足状の2枚の大きな葉と緑の仏炎苞を持ちます。テンナンショウの仲間は地下に球茎を持ちますが、この中にはシュウ酸カルシウムの針状結晶を含み、食べると口の中が腫れ上がり大変なことになるといわれています。
ところが八丈島ではシマテンナンショウの球茎を食用としたと本で読んだことがあり、どうやって食べるのか長年疑問でした。
その後、何度か春に八丈島に行く機会があり、島の植物観察をしたり、西山(八丈富士)、東山(三原山)に登ったりと島を散策すると、至る所にシマテンナンショウが生えているのを見ました。道の脇にも山の中にもどこに行っても緑の仏炎苞から長い付属体を伸ばした姿を数多く見ることができるのです。
八丈島は東京から南に290キロ離れた島で、黒潮の影響で冬も暖かい場所で、昔は流人の島とも呼ばれ、江戸時代には春秋2回流人を運ぶ船が着き、何人もの罪人が村々に振り分けられていたそうです。
この頃は何度もの凶作や飢饉が島を襲い、島民は飢餓に苦しめられ、自分たちも食べていくのがやっとだったようで、700余人もの餓死者をだしたという記録も残っています。

流人が一つ一つ海岸から運んだ石で積み上げたという
玉石垣
ところでシマテンナンショウはどうやって食べられていたのでしょうか?
長年の疑問を民宿のご主人に聞いてみると、ちょうど遊びに来ていたご主人の同級生という方が「俺は食べたことがあるよ。」というので、早速教えてもらうことができました。
シマテンナンショウは島ではヘンゴダマと呼ばれていますが、この球茎を掘ってきて洗い、蒸すか茹でるかして皮をむきます。これを臼に入れて搗いて餅状にして食べるそうです。私が「何も下処理をせずに食べるのですか?」とびっくりして聞くと、その方は笑いながら「食べ方があるんだよ。」と言われました。それは餅状になったヘンゴダマを千切って小さく丸め、顔を上に向けてこれをのどに落とし込むという何とも恐ろしい食べ方でした。味をかみしめるのではなく、お腹にたまればよい、それで飢えを忘れるのです。私はその話を聞いたとき、しばし絶句し、この島で暮らしてきた人々の生活の厳しさをほんの少しですが垣間見ることができました。
ヘンゴダマは飢えとの戦いの中で培われてきた食文化なのだと・・・
島にはテンナンショウの仲間は他にマムシグサとウラシマソウが自生していましたが、その方は「食べられるのはヘンゴダマだけだ。」と言っていました。多分、シマテンナンショウは他の二種に比べてシュウ酸カルシウムの含有量が少ないのではないのでしょうか。
八丈島の歴史のひとこまに植物を通して触れることができた旅でした。
緑花文化士 臼井治子
2021年3月掲載

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