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市民の手によって「つくり続ける公園」

公園をより楽しく有効に使ってもらうために、公園との関わりの深い方々への取材を通して、皆さまに役立つ情報をお届けします。

第21回は、「みなとのもり公園(神戸震災復興記念公園)」(兵庫県神戸市中央区)の「みなとのもり公園運営会議」代表、辻信一さんのインタビューです。

復興記念事業として、阪神・淡路大震災から15年目の2010年1月17日に開園したみなとのもり公園は、検討段階から完成後に至るまで、行政や業者ではなく、市民と行政との協働によって運営されています。特にスポーツを楽しむ若者たちが、積極的に公園づくりに関わっているのが特徴です。
市民が公園を利用するうえで、問題や課題、要望などを議題にあげて解決を図る場の「みなとのもり公園運営会議」で舵取り役を担う辻さんに、これまでの取り組みについてお話をうかがいました。

計画段階から市民が参画

1995(平成7)年1月17日(火)午前5時46分、淡路島北部を震源とする地震が発生しました。国内で初めて観測された震度7の揺れは、兵庫県全域にわたり家屋や建物の倒壊、大規模な火災などによって多くの尊い人命が失われました。この震災で最も被害が大きかった場所は、私が生まれ育った神戸市でした。

市は、震災の経験や教訓を後世に継承するために、震災復興記念事業としてJR貨物神戸港駅跡地(約5.6ヘクタール)に、公園をつくる計画を立てました(2000~2009年度事業)。市内でまちづくりコンサルタントの仕事をしていた私は、公園構想計画段階から、メンバーのひとりとして公園づくりにかかわりました。

まず、どんな公園を作るか、という議論からはじめました。

私たちは震災発生後、国内外から多くの温かい支援を受け、たくさんの「元気」をもらいました。公園のコンセプトは、頂いた支援で元気になった神戸を未来に伝えていくために、市民が「つくり続ける公園」を掲げました。

2002(平成14)年から市民とのワークショップ(計6回)を皮切りに、基本設計懇話会、検討会などを通じて、市民との交流や意見交換を重ねました。

若者たちの意見から誕生したニュースポーツ広場

ワークショップでの計画づくりの段階で、若者が文化として楽しんでいるストリート系のスポーツができるように、当初は駐車場になる予定だった高架道路下を専用エリア「ニュースポーツ広場」に変更し、大勢の若者が集う活気ある公園にする方針を立てました。私やワークショップ参加者は、ストリート系のスポーツには詳しくなかったため、北神戸田園スポーツ公園(神戸市北区)で、この分野での支援活動をしているNPO法人北神戸田園ボランティアネット(以下、NPO)代表の佐藤由美子さんに、検討会メンバーに加わってもらい、ストリート系のスポーツ愛好者たちとの情報交換および相談窓口役を担ってもらいました。

声かけをした結果、〈インラインスラローム〉〈インラインホッケー〉〈BMX(バイシクルモトクロス)〉〈ストリートバスケット〉〈インラインアグレッシブ〉〈ストリートダンス〉〈バイクポロ〉〈スケートボード〉〈ブラインドサッカー〉〈ジャグリング〉といった多種多様なストリート系のスポーツを楽しむ若者が集ってくれました。

各スポーツ愛好者にも検討会に参加してもらい、ニュースポーツ広場を利用する上での意見や要望を出してもらいました。

芝や植樹も市民の手によって

2007年に工事着工と同時に、植樹計画も着手しました。公園の「もり」ゾーンの企画に参加する市民団体から、市民が育て、市民が植える「もりづくり」の提案があり実施されました。クヌギやコナラなどのドングリ(約10,000個)を市民(約500人)に配り、各自宅で2年間かけて苗木(約500本)に育ててもらいます。ドングリを渡してから2年後の2008年の植樹会に、50cmほどに育った苗木を手にした市民(約150人)が集まり植栽しました。これを3年間続けました。また、開園前年には約600人の市民によって、種から育てた芝生のポット苗の植え付けを行いました。

神戸のまちが復興から発展へと前進する姿を、木々の成長とともに見つめていく公園は、公募によって愛称名が「みなとのもり公園」(正式名:神戸震災復興記念公園)に決まり、震災から15年目の2010(平成22)年1月17日に開園しました。

みなとのもり公園(以下、公園)は、「芝生広場」(1.2ヘクタール)を中心に、公園を取り囲む「もり」、被災樹木を移植して震災復興に関連するものを配置した「語り継ぎ広場」、園内に植える花や樹木を育成する苗圃、騒音のある高速道路下を有効利用した「ニュースポーツ広場」など、多くの市民からの意見を参考に誕生しました。

運営会議で、個人、グループ、行政が対等に話し合う

公園コンセプトである市民参画による「つくり続ける公園」を実現することを目的に、開園と同時に、「みなとのもり公園運営会議」(以下、運営会議)が発足しました。

運営会議は、市民、ストリート系のスポーツなどのグループ、私やNPOの佐藤さんのような専門家、そして行政で構成されています(組織図参照)。毎月1回(平日の夜に)会議を行い、活動報告や維持管理、今後予定されているイベントの調整、意見や要望など何でも自由に話し合います。

●みなもり応援団:公園の課題を解決したり、自立した活動ができるような手伝いをする。担当はNPOの佐藤さん。
●花みどり工房:園内の苗圃の育成、ハーブガーデンの管理、花やハーブの配布などを行い、花と緑のまちづくりに寄与。担当は辻代表。
●もりづくり:「もり」ゾーンの手入れと管理。担当は市民団体(ドングリネット神戸)代表のマスダマキコさん。
●スポーツ部会:ニュースポーツ広場を利用するスポーツの各種目団体。各団体には代表者がいる。
●行政:公園管理者として市の建設局公園部、事務局として市の公園緑化協会の職員が参加する。

運営会議は、市の「まちの美緑花(みりょくか)ボランティア」制度に位置づけられた団体として活動しています。備品や消耗品などは必要に応じて運営会議に諮り、市に購入を依頼します。

園内の物置には、掃除道具をはじめ、炊き出し用の釜やガスコンロ、食器など。園芸道具は、シャベルからミニ草刈り機までさまざまな備品が揃いました。園内の草刈りや除草、剪定といった管理は、神戸市と役割分担しながら運営会議のメンバーが可能な範囲で行っています。

運営会議には市の担当者も参加していますので、議題にあがった要望や問題点などはスピーディに解決します。市にとっても、公園利用における新たなカタチだと思います。市の公園担当者とは、計画段階から共に苦労してきた公園づくりの良き仲間のような関係です。

神戸から東北にエールを送る

公園は、神戸市の被災経験が教訓に生かされた防災公園としての機能も持ち併せます。「芝生広場」は災害時の避難地になり、62基のマンホールは、テントで個室を作ることで簡易トイレとして利用することができます。六甲山系が望める高さ4mの「展望の丘」の地下には、非常時の物資を備蓄する倉庫を設置しています。また公園のイベントとして、不定期に炊き出し訓練を行います。

公園が開園した翌年3月11日に、東日本大震災が発生しました。運営会議では、4月に予定していた「春祭り」を急きょ取りやめて、支援イベント「神戸から元気を!」を開催しました。寄付につながる木のボード(200枚)に、応援メッセージを書いてもらいツリーを作ったり、炊き出しや物品の売り上げなどを義援金として送りました。その後も、公園から東北の被災地へさまざまな支援活動を送り続けました。

充実した環境のニュースポーツ広場

利用者である若者の意見によって実現したニュースポーツ広場は、インラインスラロームができるAコート、ホッケーやブラインドサッカーが可能なBコート、ステンレス鏡が設置されているC コート、スケートボードやインラインアグレッシブ専用のDコート。そしてバスケットボールコートがある多目的広場があります。しかもどのコートも無料で、深夜0時まで利用できます。全国の中でも、これほど充実した公園はないと思います。

公園で、スケボーなど音が響くスポーツがなぜ深夜まで可能なのか。それは公園の目の前が幅員50mの国道2号、ニュースポーツ広場の真上が阪神高速3号神戸線・国道2号バイパス・ポートライナーという立地条件にあります。公園と高速道路を隔てた近くには、戸数約500戸の大規模マンションがありますが、公園から出る音は、国道と高速道路で走る自動車の騒音にかき消されているのです。

運営会議のメンバーで大半を占めるのが、ニュースポーツ広場を利用する「スポーツ部会」(2017年現在8種目)の若者たちです。各種目から代表者が参加しますので、多い時には10人以上になります。スポーツ部会からは、コート利用の調整や活動報告、要望や問題点などが話し合われます。

「スポーツ部会」に所属する各メンバーは、愛好者に呼びかけて大会や試乗会、子供向けの体験レッスンなどを行っています。日ごろは自由に公園を利用できますが、スラロームの大会など、公園の一部を専用的に使用するイベントを開催する場合は、市から行為許可を得ます。

清掃から補修まで、自主的に行う「スポーツ部会」

スポーツ部会の各代表者は、大半が30歳代の有職者です。発足当時に大学生だった青年も今や社会人です。公園を利用するためにも、若いメンバーに公園のルールやマナーを伝える立場でもあります。

「みなもり応援団」の呼びかけにより、毎月第3日曜日の午後3時から園内の掃除を行います。スポーツ部会のメンバーをはじめ一般利用者も参加し毎回数十人が集まり、ホウキやチリ取りを持ち、日頃、公園を利用できることに感謝を込めて清掃しています。掃除の後は、スポーツ部会を開催しスケジュール調整や問題点などを話し合う情報交換の会議を行います。

また、ニュースポーツ広場内の設備や器具などの補修は、利用する各スポーツ部会のメンバーたちの間で行われています。補修に必要な器具や部品の購入は、運営会議の議題にかけて市に購入してもらいます。補修の内容が大きく、自分たちの手に負えない場合は、市が直接対応します。

スポーツ部会は、基本的に公園の利用から清掃、補修に至るまで可能なところはすべて自主的に行っています。私の役割は、彼らの話を聞き、彼らがルールを守って利用していけるように考えていく「場」をつくることです。

公園が社会勉強の場に

私は公園が計画されてから開園後のこれまでの約15年、公園を見守ってきました。ドングリの苗木が樹木へと少しずつ大きくなるのと同時に、公園を利用する若者たちの成長も見てきました。

小学6年生でスケートボードに熱中していたやんちゃな少年が、今、造園会社でアルバイトしています。ストリートダンス部に所属していた学生はいつの間にか就職する年齢に。その学生が就職試験の面接で、公園の活動や運営会議での取り組みをアピールしたそうです。結果、「就職が決まった!」という連絡を聞いたときはうれしかったです。

スポーツ部会の若者たちは、公園の運営に関わることでルールを守るということ、違う種目のメンバーとも仲良く付き合うということ、我々大人や行政の人たちに対して交渉し、調整を図ることなどを学んでいきます。この公園は若者にとって社会勉強の場にもなっているのでしょう。
今後の課題は、「つくり続ける公園」を持続していくためにも、近隣に住む多くの市民を取り込んで、公園と関わるような仕組みを考えていきたいと思います。

■関連サイト
みなとのもり公園
http://www.city.kobe.lg.jp/life/town/park/intoro/fukkopark.html
神戸市まちの美緑花ボランティアhttp://www.city.kobe.lg.jp/life/town/flower/volunteer/miryokuka.html
三ノ宮南地域・都心の新たなにぎわい事業実行委員会による みなとのもり公園のページ
http://www.eld.jp/nigiwaitown/minatonomori/

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過去記事一覧
21 市民の手によって「つくり続ける公園」
20 下町に残る、手つかずの自然を守り、育てる
19 絵本、ケルナー広場を通して、子供たちの成長を見守る
18 生かされていることを実感 自然と一体になれるサップヨガ
17 震災後、市民の手によって再生された西公園
16 住民の心をつないだ3万個のキャンドル
15 市民がつくり、見守る広場
14 満月BARで公園の非日常を楽しむ
13 わらアートで、地域に笑顔と一体感を
12 再生物語を支えるボランティア組織「MEG」
11 公園が図書館に変わる「敷島。本の森」
10 公園に地域の人が集う「はじっこまつり」
09 トンボの魅力を子供たちに伝える
08 「朝市」で公園がコミュニケーションの場に
07 「スポーツ鬼ごっこ」を通じて 子供たちの居場所づくりを実現
06 高齢者、障がい者に公園案内 ボランティア側も癒される
05 仲間と共に成長してきたみはまプレーパーク
04 地域で子供たちを育成・指導 地元の公園でイルミネーション作り
03 公園がアートな空間に生まれ変わる日 あそびの重要性を考える「アートパーク」
02 子供たちにワークショップで地域貢献 公園での活動は発見の連続
01 自然環境は、利用しながら保全する


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