公園をより楽しく有効に使ってもらうために、公園との関わりの深い方々への取材を通して、皆さまに役立つ情報をお届けします。
第39回は、科学コミュニケーションを通じて地域交流の活性化に取り組む市民団体「柏の葉サイエンスエデュケーションラボ」(千葉県柏市)の会長、羽村太雅さんのインタビューです。
2010年から活動している「柏の葉サイエンスエデュケーションラボ」では、子供から大人までを対象に科学を切り口としたさまざまなイベントやワークショップを開催しています。2013年からは小学3年生以上を対象に、キャンプ場や公園などで自然体験活動を通じて理科を学ぶ合宿型スタディツアー「理科の修学旅行」を開催しています。また、2018年からはJR柏駅前の空きアパートを改修して作った「手作り科学館 Exedra」を運営して、地域の人たちが科学に触れ親しむ機会を作るとともに、科学の楽しさや魅力を伝えています。
自然体験を通じて理科や科学を学ぶうえで、公園も重要な活動場所になっているという羽村さんに、これまでの活動内容について話を聞きました。
千葉県柏市の「柏の葉」地域は、大学や研究所、ベンチャー企業などが集結した地域です。
「柏の葉サイエンスエデュケーションラボ」(以下、KSEL)は、科学コミュニケーション活動で地域交流を活性化することを目指し、柏の葉地域を中心に活動をはじめた市民団体です。私が東京大学柏キャンパスの大学院生だった2010年6月、同大学院生らを中心に設立しました。
現在、大学院生や研究者を中心に、10代の高校生から主婦や会社員を含む60代までの約30人(男女比率はほぼ半々)が所属しています。
KSELのメンバーの専門分野は、惑星科学、大気化学、天文学、生物学、物理学、環境学…など多様で、イベントや講座の講師を務めています。設立当初は、つくばエクスプレス線柏の葉キャンパス駅周辺でイベントや講座を開催して、地域の人たちに科学の不思議や面白さを伝えつつ、交流を生み出す活動に取り組んできました。イベントの対象は子供から大人までですが、科学に関心がない大人、特にこれから結婚して家庭をもつ若い女性にこそ科学的な見方をできるマインドを広めたいと、化粧品や料理をテーマに、科学のエッセンスを散りばめたイベントも開催しました。
イベントの開催場所は主に駅前のイベントスペースや公共施設の会議室を借りていましたが、自然科学の原点は、自然現象や自然の多様性の起源と進化を探ることであるとの考えから、活動場所を野外に広げ、小学3年生から中学生までを対象とした自然体験活動「理科の修学旅行」を2013年からスタートしました。これまで、「糞化石採取ツアーin野島崎」(南房総市)、「天からの手紙を読み解こうin苗場」、「海にかかる科学の架け橋~海と日本プロジェクト」(大房岬自然公園)などを開催してきました。プログラム内容や宿泊場所の規模にもよりますが、定員は20人から60人で募集しました。随行するスタッフは、講師であるKSELのメンバーのほかに、子供の居場所づくりなどに取り組むサークルの大学生や協力してくださる社会人もボランティアスタッフとして参加します。宿泊先やバスの手配、安全管理の徹底など、泊りがけならではの苦労はありますが、近年は毎回、定員に対して2倍から5倍の申し込みがある人気のプログラムです。
「理科の修学旅行」とは別に、地元で気軽に自然体験できる場所を探していたところ、元はカフェだったという空き家が見つかりました。そのカフェの庭を期間限定で使用できることになり、土を掘り起こして畑を作るプロジェクトを開始しました。結局、畑作りは長続きせずにプロジェクトは終了してしまったのですが、その畑作りの様子を見ていた市の農政課の方から「あけぼの山農業公園でイベントをやりませんか」と声が掛かりました。早速、あけぼの山農業公園での「理科の修学旅行」を企画して、柏市内の全小学校にチラシを配布しました。
2017年9月、一泊二日の「理科の修学旅行」を開催しました。1日目は野菜の収穫体験と採れたて野菜でバーベキュー。翌日は望遠鏡を自作し、太陽の光を十分弱くできる特殊なフィルターを使って太陽の観察。夜は地球外生命について解説し、星空観察をしたり、夜の公園をナイトハイクしたりしました。その翌年は、近くのブルーベリー農園に協力いただき、農園内で植物や土壌について学んだ後、あけぼの山農業公園の調理室で収穫したブルーベリーでジャムを作り、それを使って水や土の分析をする「畑の科学教室」を実施しました。
その後もあけぼの山農業公園内でテント泊する「理科の修学旅行~農×天文」を開催しました。公園担当者から「夜の利用を試行してみたい」という相談をいただいて始まった夜のイベント「アストロトークと観望会」は人気のイベントとして定着しています。あけぼの山農業公園での活動は、子供たちにとっては身近な公園での宿泊+学びという貴重な体験や、公園の夜の活用の広がり、近隣の農場のPRなど、行政や公園スタッフにとっても良い事例になったと思います。
千葉県が主催するビジネスプランコンペティションに出場し、「理科の修学旅行」を題材にプレゼンしたところ、2018年1月に、「千葉県知事賞(ちば企業家優秀賞)」を受賞しました。このとき共に参加していた勝浦市の企業経営者と親しくなり、勝浦市で「理科の修学旅行」を開催するに至りました。また勝浦市での活動をきっかけに、ある猟師さんとも仲良くなりました。その猟師さんは勝浦市の田畑を荒らす害獣の捕獲・駆除をしています。千葉県南部では、動物園から逃げて野生化したキョン(シカの仲間)が繁殖し、特定外来生物に指定されています。駆除されたキョンは捨てられることが多いですが、その猟師さんにキョンの皮を集めていただき、レザークラフトのワークショップや獣害の現状を紹介する教材などを開発しています。KSELは活動によって人とのつながりが生まれ、人との出会いによって次なる取り組みにつながっています。
2010年にKSELを立ち上げてから、徐々に活動の幅が広がりました。人数も増え、備品類の保管場所にも苦慮していたので、活動拠点を探していました。地域交流の促進をうたう科学コミュニケーション団体としては、活動拠点は単にメンバー同士が集まる場ではなく、地域の人が気軽に立ち寄ってもらえるような科学館を作りたいと考えました。とはいえ、学生のサークルレベルだった私たちにはお金がありませんでした。理想は家賃無料の駅チカ物件。一軒家よりも、部屋ごとにテーマを変えた展示が実現しやすそうなアパート1棟を丸々使える!こんな夢のような望みばかりでしたが、ある時、知人が我々にも借りられる好条件の物件を見つけてくれたのです。
柏駅から徒歩5分程、細い路地の一角にある築30年以上の2階建てアパートは、当時空き家になっていました。アパートの持ち主である大家さんのご厚意で、科学館として改装しての使用を快諾してくれました。
改修費用はクラウドファンディングで寄付を募ったり、民間の助成金に応募したりして集め、メンバーによるDIYでの改修工事がスタートしました。週末に集まり、アパートの壁をハンマーで抜き、床や壁紙をはがして貼り直し、イスや机などの家具を設計・製作…など、約1年4カ月の工事期間を経て、「手作り科学館 Exedra」(以下、「Exedra」)が2018年1月にオープンしました。館内には化石や動物の骨格標本、顕微鏡や岩石・鉱物などを展示している他、科学関連の本も数多く並んでいます。名前の通り、建物の内装だけでなく展示物もすべて手作りで、一部は「理科の修学旅行」で子供たちと一緒に採ってきたものも。
「Exedra」の最大の特徴は、さまざまな分野で活躍する研究者と気軽に話ができることです。開館は土、日曜日の午前10時~午後5時(現在はWeb予約制)。入館料は、小学生以上は初回が600円、2回目以降は300円です。なお、アパートの2階部分の2部屋は、今後展示室として改修工事を行う予定です。
「Exedra」が開館後、新聞、テレビなど多くのメディアに取り上げてもらいましたが、来館者の多くがマスメディアの報道ではなく口コミや、それに加えて「グーグルマップで見つけ、興味があって来ました!」という人たちだったのには驚きました。「Exedra」は大人向けに設計した施設なので、子供向けの空間ではないのですが、来館者には「理科の修学旅行」に参加した小学生や、子供に理科へ興味を持たせたいという保護者の思いから連れてこられる未就学児も多くいます。子供たちに身近な科学の面白さを感じ、研究者のロールモデルを見てもらえたら幸甚です。
柏駅近くの住宅街にある小さな公園「KIDIYS PARK」を管理運営する柏アーバンデザインセンターから、「いずれ更地になる期間限定の公園を使ってイベントをやりませんか」とお声がけいただきました。
そこでKSELでは2019年11月9(土)に、イベント「街なかで科学を楽しむ土曜日 サイエンスサタデー」を開催しました。通りがかりの人にも、公園で気軽に科学に触れてもらうことが目的です。公園は、ワークショップの屋台村と時間帯を決めて行うステージ企画、そして焚き火で焼き芋作りをする3つのエリアに分けました。ワークショップの出展者には、参加者が楽しめる体験を提供してほしい、そして科学のエッセンスを取り入れた内容にしてほしいとリクエストしました。
屋台村では、① ひまわり油でハンドクリームを作ろう ② お野菜スタンプde Christmasリース ③ ビニール凧を作ろう ④ 自分のDNAを取り出そう ⑤ こたつで動物分類かるた ⑥ 化石探し体験 という6つのワークショップを用意しました。ステージ企画では、ブックトークと天体観望会を行いました。入場料は無料。入退場が自由なイベントにしました。小さな公園に設置した6つのブースを順番に巡り、ワークショップを楽しむ子供たちや親子連れの姿が見られました。
まちなかの公園で開催したことで、普段は接することのない地域の人、さらに科学に興味がない人たちとの交流が生まれたことがとても新鮮でした。イベントとは知らず、焚き火や焼き芋の香りにつられて立ち寄ってくれた通りがかりの人なども含め、当日は約80人の来場者がありました。
「KIDIYS PARK」は2020年12月に解体され、現在は更地になってしまいましたが、このイベント参加者からの「また公園でやってほしい!」という声が多かったので、他の公園での開催も検討しています。
今後は、我々がいなくても科学の体験や学びが広がっていくような教材の開発を進めるのが近い目標です。そして中期的には、より多くの人に科学に触れてもらえるよう、展示やワークショップができる拠点を増やしていきたい。さらには「はやぶさ2」のような宇宙の未知なる神秘を見たい!明らかにしたい!と思ってもらえる科学ファン、科学に触れてその魅力を伝える人が増え、社会全体として科学的な世界観が拡がることを支援するようになっていくことを最終ゴールと考えています。
◆関連サイト
・「柏の葉サイエンスエデュケーションラボ」HP:http://udcx.k.u-tokyo.ac.jp/KSEL/
・手作り科学館「Exedra」HP:https://selexedra.stars.ne.jp/
※文中に出てくる所属、肩書等は、取材時のものです。(2021年5月掲載)
46 鉄道ファンによる、公園を軸としたまちづくり(一之宮公園:神奈川県寒川町)
45 手ごわい放置竹林から広がる可能性と人のつながり(籔の傍:京都府向日市)
44 公園で行う表現活動は「誰かを力づけている」(せりがや冒険遊び場:東京都町田市)
43 市民団体の力で「やりたいこと」を実現(あぐりの丘:長崎県長崎市)
42 自然の中での主体的な遊びが、学びと成長につながる(山田緑地:福岡県北九州市)
41 次世代に、そして子供たちへ、遊び場づくりのバトンをつなげたい(徳島県阿波市阿波町)
40 3公園でキャンプ まちづくりとして活用(小山総合公園、生井桜づつみ公園、城山公園:栃木県小山市)
39 科学を通じて地域の人々と研究者をつなげる(千葉県柏市)
38 北海道の公園で「やってみたい!」を実現(恵庭ふるさと公園:恵庭市)
37 土器づくりを通じて縄文文化を学ぶ(三ツ池公園:川崎市)
36 公園を地域住民の手で心地よい場所に変えていく(熊野公園:東村山市)
35 次世代のために故郷の自然環境を守り、伝えていく(亀山里山公園「みちくさ」:亀山市)
34 公園は楽しい学びの場!「サバイバルピクニック」、「地域住民による公園づくり」(都立野川公園:東京都)
33 外遊びの楽しさを伝えていく(柏崎・夢の森公園:柏崎市)
32 筑豊の自然を楽しむ会(健康の森公園 他:飯塚市)
31 自然を愛する仲間との森づくりボランティア(びわこ地球市民の森:守山市)
30 野外人形劇で、公園に広がった笑い声(水前寺江津湖公園:熊本市)
29 公園での新たな遊び「珍樹探し」(国営昭和記念公園:立川市)
28 子供たちの居場所で、寄り添い、見守り続ける(柳島公園:富士市)
27 市民とともに育て続ける公園を目指して(安満遺跡公園:高槻市)
26 砂場から広がった子供たちの笑顔(福島市内 他:福島市)
25 造園業者と子供たちがつくる 公園でのコミュニティ(京坪川河川公園(オレンジパーク):舟橋村)
24 子供と子育て世代の目線で再生されたゴーカートのある公園(桂公園:十日町市)
23 市民による、市民のための花火大会(伊勢原市総合運動公園:伊勢原市)
22 かかしで地域を活性化 海外も注目する山里(かかしの里:三好市)
21 市民の手によって「つくり続ける公園」(みなとのもり公園(神戸震災復興記念公園):神戸市)
20 下町に残る、手つかずの自然を守り、育てる(尾久の原公園:荒川区)
19 絵本、ケルナー広場を通して、子供たちの成長を見守る(ケルナー広場:高崎市)
18 生かされていることを実感 自然と一体になれるサップヨガ(国営木曽三川公園ワイルドネイチャープラザ:稲沢市)
17 震災後、市民の手によって再生された西公園(西公園:仙台市)
16 住民の心をつないだ3万個のキャンドル(大栗川公園:八王子市)
15 市民がつくり、見守る広場(朝霞の森:朝霞市)
14 満月BARで公園の非日常を楽しむ(西川緑道公園:北区)
13 わらアートで、地域に笑顔と一体感を(上堰潟公園:西蒲区)
12 再生物語を支えるボランティア組織「MEG」(七ツ洞公園:水戸市)
11 公園が図書館に変わる「敷島。本の森」(敷島公園:前橋市)
10 公園に地域の人が集う「はじっこまつり」(和田公園:杉並区和田)
09 トンボの魅力を子供たちに伝える(西岡公園:札幌市)
08 「朝市」で公園がコミュニケーションの場に(茅ヶ崎公園野球場:茅ヶ崎市)
07 「スポーツ鬼ごっこ」を通じて 子供たちの居場所づくりを実現(しらかた広場:松江市)
06 高齢者、障がい者に公園案内 ボランティア側も癒される(大泉緑地:堺市)
05 仲間と共に成長してきたみはまプレーパーク(みはまプレーパーク:千葉市)
04 地域で子供たちを育成・指導 地元の公園でイルミネーション作り(宇部市ときわ公園:宇部市)
03 公園がアートな空間に生まれ変わる日 あそびの重要性を考える「アートパーク」(松戸中央公園:松戸市)
02 子供たちにワークショップで地域貢献 公園での活動は発見の連続(松戸中央公園:松戸市)
01 自然環境は、利用しながら保全する(国営ひたち海浜公園:ひたちなか市)