はじめまして。長野県にある「国営アルプスあづみの公園」の髙橋あさひと申します。
3年ほど前までは神奈川県で暮らしていましたが、就職を境に長野県へ住むことになりました。この地に来て早くも2年。子どもの頃から野鳥と昆虫が大好きな私にとって、信州の土地は本当にサイコーです!今回は、そんな私が長野県で出会った摩訶不思議な「渡らない渡り鳥」たちについてお話させてください。
突然ですが皆さん、「渡り鳥」をご存じですか?もちろん「渡り鳥」という単語自体は歌や詩においてもしばしば使われる、なじみのある言葉です。お洒落な4人組バンドが歌う、あの曲を思い浮かべる方は少なくないでしょう。”ワタリドリ”はふだん野鳥になじみのない方でもご存知な、ポピュラーなワードですよね。
それでは渡り鳥と聞いて、どんな鳥を思い浮かべますか?春の使者と呼ばれるツバメや、冬の使者と呼ばれるオオハクチョウやコハクチョウといったハクチョウの仲間たちは、メディアでもよく取り上げられる有名な渡り鳥です。私が住む安曇野市には有名なコハクチョウの飛来地があり、昨年の12月時点で累計50羽のコハクチョウが飛来していました。現地には観光客やバーダーの姿がちらほら。
今季、私は水鳥の識別の精度を上げるため、休日は川や湖、ダム湖、遊水地、ため池などを回り、もちろん近所のコハクチョウ飛来地(※以下飛来地)へはよく足を運んでいました。
ある日飛来地にて双眼鏡でカモの観察をしていると、一瞬黒く、小さな野鳥が目の前を通過しました。あまりにも速く、双眼鏡でも望遠レンズでも、なかなか捉えることができません。しかしあのパタパタと軽やかな羽ばたき、鳥離れした変則的な動き、2つに分かれた長い尾羽、白いお腹・・・。日本人であれば誰もが見慣れた特徴です。12月中旬、雪がちらつく飛来地でなんとツバメが飛んでいたのです。穂先や電線に降りる様子はなく、延々と飛び続けていました。
私は目を疑いました。「春の使者」と呼ばれるツバメは、日本への到着は早い個体で3月、従来は4月以降にフィリピンやベトナム、マレーシア、インドネシアなど東南アジアより飛来し、子育てを終えたら9月、遅くとも10月には日本を去る「夏鳥」とされる渡り鳥です。ツバメの越冬自体はすでに確認されていますが、それでも越冬地は九州や関東が主です。ましてや気温が氷点下になることも珍しくないこの長野県で、越冬ツバメが観られるとは。実は今、彼らのような渡り鳥の動きに変化が起きています。
通常渡り鳥は子孫を増やす繫殖や、厳しい冬を回避するための越冬などを目的に日本へと渡ってきます。渡り鳥の繫殖の多くは暖かい時期に行うので、春から初夏ごろにかけて国外より飛来するツバメのような野鳥を「夏鳥」と呼び、逆に越冬のために秋から冬にかけて国外より飛来する野鳥を「冬鳥」と呼びます。しかし、今回は冬鳥であるコハクチョウやカモたちが飛来する時期に夏鳥であるツバメが残っているので、これは大変不思議なことです。
一方で、冬鳥が夏に日本で目撃された例もあります。2022年の8月に、私が霧ヶ峰へドライブに行った時のことです。現地ではノスリや夏鳥であるノビタキの親子の姿も見られ、野鳥たちは巣立ちの時期を迎えていました。高原の景色を楽しみながらアイスを食べていると、目の前に野鳥のヒナがやってきました。あまりにも近くに寄ってきたので、思わず後ずさりしてしまったのを覚えています。好奇心旺盛なのは人間の赤ちゃんや子どもと一緒ですね。だからこそ、ヒトと野生動物の距離感は意識しなければいけないのですが。
その後、親鳥がやってきて、姿を見て驚きました。このヒナはかつて日本で冬鳥と区分されていたジョウビタキだったのです。
ジョウビタキは、オレンジ色のお腹に黒い羽が特徴の綺麗な鳥です。晩秋から初冬にかけて日本の農耕地や市街地、林地と広く飛来します。公園や街中で見かける機会も多く、ヒッ、ヒッ、と高い声で鳴くので比較的見つけやすい鳥です。・・・が、それはあくまで日本の冬であれば、のお話。従来は春ごろに故郷のシベリアやチベットへと帰っていくのですが・・・。
実はこのジョウビタキ、2010年に長野県において本州初の繫殖が確認されています。当時小学生だった私は、このニュースを知り大変驚きました。地元の野鳥の会はこの話題で持ち切り。当初は知る人ぞ知る大ニュースとなっていたのを覚えています。その後、長野県内各地や山梨県を中心に次々と繫殖の報告が上がり、今では鳥取県においても繁殖が確認されているそう。これにはびっくり。私が霧ヶ峰で出会った親鳥も、もしかすると日本生まれ日本育ちのジョウビタキなのかもしれませんね。でも冬に越冬しに来る渡り鳥だから、冬鳥って言ったじゃん!と思った方・・・。ごもっともです。令和5年1月現在、ジョウビタキは図鑑で「九州以南で冬鳥」または国内を移動する鳥「漂鳥」という位置づけとなっています。国外より飛来する個体がいなくなったわけではないので、冬の渡り鳥としてのジョウビタキはまだ健在です。しかし、繫殖が確認されるまでは純粋な冬の渡り鳥という区分だったので、もし今後、九州以南でも繫殖が確認されれば、渡り鳥としてのイメージは薄れていくのかもしれません。
ではなぜ、越冬するツバメや繫殖するジョウビタキのように、渡らない渡り鳥たちが現れるのでしょうか。一説には温暖化の影響とありますが、一概にそうとは言えません。しかし、渡り鳥の行動は「コスパ」で決まるとも言われています。
渡り鳥たちも単に移動しているのではなく、起きる、ご飯を食べる、休む、繫殖する、寝る・・・。当たり前のように見える一連のサイクルが、特定の場所だけでは出来ないと判断することで渡るのです。
私たち人間は移動手段が充実している駅や、食料が手に入るスーパーが近い場所に住む傾向にありますね。近い方が体力を消耗せず、効率よく生活することができます。暮らしやすさ、すなわちコスパがいい場所に生物は集まります。人間の社会では食料や電気などのエネルギーが不足してもいずれ補充されますが、自然界ではそうはいきません。
自然界におけるエネルギー効率がいい場所は季節ごとに変わっていきます。渡り鳥たちは常に過ごしやすい場所を探し、その渡りの中で数々の選択をするでしょう。今回のツバメやジョウビタキはその一つの選択として、渡らないことにしたのかもしれません。
今後も、渡り鳥たちの行動に目が離せませんね。
(2023年3月掲載)
Project WILD公式HPには環境教育活動事例などが掲載されています。 https://www.projectwild.jp/
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