「なんで大人になると虫を触れなくなるのだろう?」と小学生の私は疑問に思っていた。公園に行っては、ショウリョウバッタやダンゴムシを捕まえて遊んでいたし、友達と近くにあった雑木林に行って夕焼け小焼けの音楽が鳴るまでコクワガタを探していたこともあった。
家でも虫を飼育していた。おばあちゃんが庭で捕まえたというトノサマバッタやスーパーのイベントでもらったカブトムシの幼虫、自分で捕まえたショウリョウバッタなどである。私が虫を飼いたいというと母は、「絶対逃げないようにしてね」と必ず言った。母の昔話を聞くと虫を捕まえた話も出てくるのに…。私は、母の虫に関する話を聞くのが好きだったので、虫を嫌っている今の母が信じられずにいた。このストーリーは、母が話してくれたものの中で一番の衝撃的な話である。
ある秋のこと、小学生の母は家族5人でピクニックに出かけたらしい。自然の中で遊ぶのが好きだった当時の母は、公園の中を駆けまわりいろんな虫を捕まえたという。特にそのころ好きだったのは、「赤トンボ」だった。木や柵に止まっているトンボの前に指で円を描くようにグルグルすると捕まえることができ、秋になると山から下りてくるので、たくさん捕まえられることが嬉しかったようだ。この日もトンボを捕まえては虫かごの中に詰め込んでいった。虫かごに入れるときには、前に捕まえた子が逃げないようにと慎重に入れていったという。そして、ピクニックが終わるころ、虫かごはトンボでいっぱいになっていた。そのまま車に乗って家へと向かったのである。しかし、これで終わりではなかった。
家へと向かう車の中で衝撃的な出来事が起こった。母は、捕まえたトンボをどうしても触りたくなり、虫かごの中から1匹だけを取り出そうとした。しかし、数十匹が入った虫かごの中から1匹だけを取り出すのは普通に難しい。ふたを開けた途端、虫かごの中に入っていた数十匹のトンボたちが車内に飛び立ったのである。不幸なことに母のお母さん(祖母)と3番目の妹は虫が大の苦手であった。そこから、車内はパニック状態になったという。母だけがせっかく捕まえたトンボたちが虫かごの中からいなくなって悲しい気持ちになった。そしてカオス状態に達した車内の状況がとても楽しかったそうである。車を路肩に止めてから窓を全開にして、どんどんトンボを外に追い出していった。追い越しって行った車は驚いたことだろう。車の窓からトンボが出てくるなんて、まるで手品のようだ。車内からトンボをすべて外へと逃がしてから、家路についたという。
私がトンボを捕まえようとして失敗したときに、母が捕まえ方を教えてくれた。教えてもらったやり方を試してみると簡単に捕まえることができた。虫嫌いの母がなぜトンボの捕まえ方を知っているのだろうか?お母さんになる人は何でも知っているのだなと、母に対する尊敬の気持ちが大きくなった。しかし、この話を聞いてから納得できた。母も幼いころは虫を捕まえて遊んでいたのだ。
母はよく「大人になると虫をさわれなくなるのよ」と言っていた。小学生の頃の私は、それはたまたま母がそうだっただけだと思っていた。私も中学生になり庭の手入れをするようになった。庭には、チョウチョやショウリョウバッタなどの虫がたくさんいた。虫採りなんて小学校高学年になってからはやっていなかった。久しぶりに捕まえてみようと思い、ショウリョウバッタに手を伸ばした。しかし、あと一歩のところで手がうまく出ないのである。捕まえたいという気持ちはあるのに、体が拒んでいるような何とも言えない感覚だった。その後も、触れてみようと頑張ってみるが、体が動かなくなってしまう。その時、母の言葉を思い出した。「大人になると虫をさわれなくなるのよ」という言葉を実感できた。虫に何か危害を加えられたわけでもなく、ただ触れなくなる。不思議な感覚だ。虫が触れるのは、子どもの特権とすら感じてしまう。子どもの時にそのことを知っていたら、単に捕まえて満足するのではなく、虫たちの体の機能を手に取って観察したのに…そんな後悔が浮かんでしまう…。
専門学生になった現在、爬虫類の食べ物としてコオロギやディビアを扱わなければいければならない。子どもの頃のようにはいかないが、少しずつ触れるようになってきた。これを続けていけば昔のようにまた虫を捕まえることもできるようになりそうである。しかしながら、昔のように虫たちを可愛がれないのだろうとも感じている。
大人になると虫をさわれなくなるのはなぜだろう?
私の子どもが同じような疑問を抱く日が来るのだろうか?
その時は、子どもと一緒に考えてみたいと思う。おそらく納得できる答えは見つからないかもしれない。なぜなら、それを経験した母も私も分からないのだから。
◆Project WILD公式HPには環境教育活動事例などが掲載されています。 https://www.projectwild.jp/
(2024年12月掲載)
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