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生きもの小話
ブナの森で実感した「オーディア」の必須要素

●深い自然体験を求めて

今から25年ほど前、岐阜の自然学校でインタープリターをしていた私は、30歳になる前にもっと深い自然の中で生活してみたいと思っていました。そんな折、NHK「ダーウィンが来た!」でお馴染みの映像作家、平野伸明さんの助手として働くチャンスを得ました。

 

最初に同行したのは世界遺産の白神山地から70kmほど南にある秋田県森吉ブナ林。広範囲に鳥獣保護地区となっているため、行政から許可をもらって入山しました。

 

4月初旬、地元の方々がソリをくくりつけたスノーモービルを何台も出してくれて、我々と数ヶ月分の食糧や灯油などを積み、基地となる森の小屋まで運んでくれました。着いたものの小屋は雪の下。まずやったことはひたすら雪掘りをしてドアまで降りることでした。(写真001)

 

電気は発電機で1日数時間、水は湧水をくみました。食料は雪を掘って貯蔵し、動物に食べられないよう板で蓋をします。もちろん寝床はマットとシュラフです。生活基盤を整えたらいよいよ撮影が始まりました。

 

機材を担ぎ、スノーシューで探索しながら動植物や景観をひたすら撮影してゆくのですが、私は静岡生まれでシイ・カシなどの照葉樹林帯が遊び場だったため、樹齢2、300年はあろうかというブナの森には圧倒されました。丘から森を見下ろすと、ブナの冬芽が膨らみ、赤い霧のようでした(写真002)

 

 

結局森吉に2年ほど滞在し、たくさんの生きものに出会うことができました。岐阜時代にプロジェクトワイルドを受講しており、「オーディア」に出てくる必須要素を知っていたので、生きものがなぜこの地に適応しているのか、そんな視点で見ることができました。今回は「クマゲラ」、「シジュウカラ」、そして「水溜り」について書きたいと思います。

 

●クマゲラ

日本最大のキツツキで、北海道、東北で繁殖が確認されており、森吉ブナ林は南限です。体長55cm程あり体は真っ黒。オスは頭の赤い模様が大きく、赤いヘルメットを被っているようです。

 

春の繁殖期が近づくと、オスはクチバシを高速で木に打ち付けメスにアピールする「ドラミング」をします。コゲラが「タララララ」、アカゲラが「カララララッ」だとするなら、クマゲラは「ドロロロロッ!」。凄まじい迫力でした。

 

また、遠くで「キエーン!キエーン!」という声がしたら木の陰に身をひそめました。林冠部をクマゲラが波打ちながら「ブワーッ、ブワーッ」という風切り音をさせて飛んでゆく姿は、翼竜に出会ったようでした。

 

クマゲラは絶滅危惧種なので、営巣場所がわかっても近づけません。超望遠レンズでその姿を収めるのみでしたが、硬いブナの生木を削っては外に撒き散らす力強い姿を今も鮮明に覚えています。(写真003)

 

いくつか古い巣穴も見つけましたが、どれも巨木ブナの非常に高い位置に掘られていました。おそらくヘビやイタチが登れない木を選んでいるのでしょう。雪の少ない地域に生えているブナはもっと下から枝がついていることを考えると、クマゲラが南下して来ないのは、森の面積だけでなく、住処や隠れ場所の条件と関係している気がします。

 

●シジュウカラ

一方、シジュウカラはクマゲラより近づいて撮影できました。雪も溶けた5月、木のうろに営巣するつがいを見つけ、10mくらい離れてテントを構えました。10羽ほどのひなが孵って巣立つまでの約20日間、時に日の出から日の入りまで観察しました。

 

観察してわかったのは、シジュウカラは優れた虫取り名人だということ。なぜならシジュウカラはスズメなどと違い枝をしっかり掴むことができるゆえ、逆さまにぶら下がって葉裏の虫を見つけていたのです。

 

また、シジュウカラはオスメス協働して食べものを運んでいました。そしてひなに与える食べものは圧倒的にガ、ハチ、チョウの幼虫でした。きっと柔らかいのでひなの食べものとしてうってつけなのでしょう。巣立つ5日前くらいになると、クモやバッタも運び、巣立ってからはカメムシなどもあげていました。(写真004)

最もたくさん食べものを運んだ日は約350回/日。平均すると約200回/日でした。ひなに優先的に与えるので、親はどんどんやせ細っていきました。この取材を通して、シジュウカラは森や草地に発生する昆虫によって育まれていることを体感しました。

 

●水溜り

豪雪地域に住むまでは、雪というものがこんなにも豊かな生態系を育むことを知りませんでした。最も印象的だったのは森に一時的に出現する水溜りです。急峻な地形が多い日本において、珍しく森吉ブナ林は傾斜の少ない森です。それゆえ雪が溶ける頃、森の中に大小様々な水溜りや湿地が出現するのでした。そこにはサンショウウオ、カエル、ゲンゴロウなど多様な生きものが集まり、それを食べるタヌキやアカショウビンなどもやってきました。(写真005)

 

 

森吉ブナ林での日々はかけがえのないものとなりました。その後も秋田駒ケ岳、知床、福島、群馬などで様々な動植物の生態を追ったことが、今の私の活動を支えています。また、プロジェクトワイルドの「オーディア」で、動物が生きるための必須要素「水、食べもの、隠れ場所」を学んでいたお陰で、出会った動物たちがなぜ生きて行けるのか、そんな眼差しで過ごすことができています。その眼差しは、観察だけでなく保全活動においてもとても役に立っています。

 

(2023年4月掲載)

 

Project WILD公式HPには環境教育活動事例などが掲載されています。 https://www.projectwild.jp/

キーワード: ブナ林、クマゲラ、シジュウカラ、水溜り、湿地、オー・ディア
奇二 正彦(キジ マサヒコ)
奇二 正彦(キジ マサヒコ)
(博士:スポーツウエルネス学)
立教大学スポーツウエルネス学部准教授
(株)生態計画研究所特別研究員
プシュケ環境教育研究所代表
プロジェクトWILDシニアファシリテーター
プロジェクトWILD鳥編ファシリテーター
グローイングアップWILDファシリテーター

大学時代遊びすぎて気づけば5年生。これからどうしようと、生まれて初めての記憶からその日までの楽しいことを書き出してみたら、「自然」「教育」「アート」なエピソードばかり。以後それを探究しながらスローな人生を送っています。
大卒後は、ニュージーランドのアートスクールで学び、岐阜の自然学校で働き、自然映像作家平野伸明氏の助手を経て、環境コンサルの社員と環境教育のNPOスタッフとして15年ほど働きました。40歳になった頃大学院に進学。自然体験と人の生きがい感やスピリチュアリティなどの関係について研究。ドクターをとった頃、立教大学が新学部を立ち上げるということで、2023年度より立教大学スポーツウエルネス学部に着任しました。大学では、キャンプとスキー実習、そして生物多様性やサステナブル社会についての講義やゼミをもっています。個人では、プシュケ環境教育研究所所長として、ネイチャーガイドや保全活動などを行っています。
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