今も時々、遠くからきこえるカラスの声に「王様(クラール)を御殿へお連れできた?クラコルカの森で私もあなたたちとお話ししたいって白いカラスさんたちに伝えてよ!」とつぶやいています。「何?それ?」と思う方は良かったら『宿なしルンペンくんの話』(カレル チャペック著『長い長いお医者さんの話』収録)を参照ください。
私の職場は岡山県倉敷市にある短期大学で、人が昔利用していたのかな?と思わせる、木々や竹藪が残る小さな山の上にあり、敷地内に点在する建物を渡り廊下でつないでいます。15年ほど前になるでしょうか?部屋のドアをたたく音がしたと思う間もなく、2人の学生が飛び込んできて、そのまま渡り廊下へ追い立てられ…「あれあれ!」と指さす方に目をこらすと何やらほわほわした柔らかそうな軽そうなものが落ちていました。「鳥だよ!巣から落ちたのかな?飛べないみたい…どうしよう?死んじゃう?」と騒ぐ2人に、ヒナが恐がるからと落ち着くよう言い、急いで部屋からちりとりを取ってきて、1人に渡しました。
「決して直接触ってはダメ。これに載せて安全なところへ連れて行こう」と言うと、2人は黙って頷き、そおぉっとヒナに近づきました…途端に「ピィ!」とヒナの声がし、2人をかいくぐって逃げ回りだしたようです。ピィピィと鳴きながら走り回るヒナに「すごいな、走れるんだ」と妙に感心しつつ見守っていると、ようやく隅に追い詰めてヒナをちりとりに載せました…観念したのか?ヒナは気配を消して小さくなっているようです。学生たちははぁはぁ肩で息をしながらも「大丈夫?」「追いかけすぎて疲れさせたかな?」と心配そうにひそひそ声で訊ねてきます…つられて小声で「とにかく建物から出よう、静かに動くよ」と応え、私たちは外へと移動しました。
学生の1人が建物と建物の間で人が入らない斜面の草地があるのを見つけ、腕を伸ばしてなるべく草地の中へとちりとりからヒナをそうっと滑り落としました。心配のあまり、その場に釘付けになっている私たち…しばらく気配のなかったヒナから「ピィピィ」と弱々しい声がきこえ、生きてる!と少しだけほっとしていると、突然「カアァ!」頭上から鳴り響く声に驚き、見上げると2羽のカラスが近づいていました。2羽の鳴き声がした途端、ヒナの鳴き声は「ここだよ!ここ!!」と訴えているような力強い「ピィピィ!!」へと変わり、2羽も「こっちよ!こちらにいらっしゃい!」とヒナへ語りかけるように「カァカァ」と鳴き続けます。
そのうちヒナの声がしなくなり、どうした?と不安になっていると、「カァカァ」に雑じって「頑張れ!」「もう少し!」と小さく応援する学生たちの声がきこえ…そしてとうとう斜面の上から「ピィピィ」「カァカァ」と3羽の重なり合う鳴き声がきこえてきて…学生2人も私も泣きそうになりました。最後まで3羽が巣に帰れるか見届けたいという2人に、「親鳥に任せれば大丈夫、人が近くにいると巣に戻りにくいかもしれない」と言い聞かせ、私たちはヒナたちの無事を祈りながら別れました。
あの時のヒナが無事に成鳥になったかどうかは知る由もありません。でも、この頃からでしょうか…私は職場でいつもカラスや他の鳥たちにも見守られているような気がしています。あの頃に比べて今は視覚障害が進み、ぼんやり何かが目に映っているような気がする程度に視力がなくなってしまいました。慣れた道はそんな目でも何とか歩けるのですが、季節や天候によって見えている印象が違って戸惑うことがしばしばです。そんな時、必ずと言っていいほど、「チッチッ」「キョピキョピキョピ」と何かがきこえてきます。「そろそろ道を渡らなきゃ!」「右に曲がる角に来たよ!」と導いてくれているようです。特にカラスは毎朝毎夕、挨拶や案内をしてくれているように感じています。プロジェクト・ワイルドに出会いわかったのですが、学生たちが助けたヒナは親鳥の鳴き声からハシブトガラスと推察しています。
でも就職した22年前によくきこえていた鳴き声は「グァァグアァ」と濁っていましたから、恐らくハシボソガラスが主だったと思います。今もハシボソガラスはいるのですが、ハシブトガラスの方が優勢で、ハシブトガラスが近くで鳴いているとハシボソガラスは遠巻きに鳴いています。ところがそんなハシブトガラスとハシボソガラスが、通勤路を歩いている私を挟んで比較的近距離で時折鳴き合う場面に出会します。まるで「カアァ!大丈夫か?」「グアァ…道から外れるなよ!」と左右から見守られ声をかけられているようで…思わず「ありがとう!お陰様で何とか無事よ」とその鳴き声たちに応えています。
『宿なしルンペンくんの話』のカラスは「王様(クラール)!」と鳴いているそうですが、私の周りにいるカラスたちは私をみて何かお喋りしているようです。きっとカラスに限らず、鳥たちは私たち人間をみて何かお喋りしている…そんな気がして今日も耳を澄ませています。
皆さんにはどんな鳥の声が、鳥たちのお喋りがきこえてきますか?
(2022年3月掲載)
※Project WILD とは
アメリカでは日本の文科省にあたる教育省にて採択されている環境教育プログラムで、1999 年に一般財団法人 公園財団が日本に導入しました。環境省、国土交通省から環境教育推進法における人材認定等事業として、2006 年より登録されている教育事業です。
Project WILD公式HPには環境教育活動事例などが掲載されています:https://www.projectwild.jp/
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