船体に当たる波、海上を吹く風の音で包まれた耳。どこからか少し低めの空気の抜ける音。
音の方を向くと、白く海面上に現れる霧と光沢のある茄子みたいな体表。ザトウクジラの由来にもなっている少し猫背にみえる体、小さな背びれが海面上に現れては、海中へ順に体を潜らせ、最後にテールを海面上にゆっくり出しながら静かに深く潜っていくザトウクジラ。初めて目にしたクジラは想像よりも大きく、とても優雅に泳いでいました。
数年前、専門学校で海棲哺乳類を学んでいた頃、ご縁を頂き水族館飼育補助の短期アルバイトをしていました。展示スペースやバックヤードの清掃、パフォーマンスの準備、お客様誘導など、水族館には欠かせない業務を行う中で、業務中にパフォーマンスを観るお客様の鑑賞の仕方や、終了後にパフォーマンスについてお話するお客様の声を耳にする事がありました。スマホでパフォーマンスの撮影をするのに夢中な方、演出に一喜一憂する方と鑑賞中は様々。終了後の感想では、可愛い、賢い、演出が綺麗だったなどのお話が多く、内心で共感すると同時に、お客様は今のパフォーマンスを観て、イルカやクジラといった海棲哺乳類についてどのようなイメージを持っているのだろう…。と気になり始めました。
今まで海棲哺乳類、特にイルカに対する私のイメージは、水族館の華やかさに専門学校で習った知識がプラスされた程度でした。その事に気づき、“野生のイルカ、クジラをみずに水族館員を目指したくない!“と思い、専門学校の個人実習先を沖縄のホエールウォッチング協会へお願いをし、初めて野生のクジラにであう機会を得られました。恥ずかしながら、クジラが好きと言いつつも、日本でのザトウクジラのウォッチングシーズンが冬(12月下旬~3月)である事を、この時、初めて知りました…。クジラの生息環境、観光業としてのウォッチングについてや自主ルール、ウォッチング前のブリーフィングなど、多くの事を学びました。実際に目で見たことで私の中にあった「クジラ」がイメージではなく、経験として身近な生き物へと変化していきました。なにより、この経験でクジラのとりこになった私は、次年度の冬季はザトウクジラと野生のイルカが同時にあえる小笠原諸島へ実習の希望を提出しました。
ウェットスーツを着て、船に揺られること数分。
船長からイルカの群れを発見したとのアナウンスが船内へ流れてきました。
サンダルからマリンブーツへ履き替え、シュノーケルを装着し潜る準備完了。
いざ、海の中へ。
入水と共に白い波と泡で視界が一瞬白く染まり、徐々に視界は白色から青色へ。
海面から海底へと目を向けると、明るい青色から吸い込まれてしまいそうな深い青色へと続く小笠原の海。海中では、パチパチと海の中でよく耳にする音に加え、鳴き声(イルカには声帯がないため、正しくは声ではなく鼻から発する音)を発しながら、深さなど関係なく自由に動き回るイルカ。水族館やふれあい施設でしか、実際にイルカが泳いでいる姿をみた事がなかった私にとって、360°どこにも制限のない海の中を、アクリルガラスの壁など知らずに自由に泳ぐイルカの姿は目が離せませんでした。
そして何より、耳を澄ませると聴こえてくるザトウクジラのソング!水中に響くザトウクジラのソングは近くを泳ぐクジラなのか、それとも何千キロも離れた遠くを泳ぐクジラのソングなのか…。考えるだけでわくわくしました。クジラを好きになってからの夢であった、海中で響く生のザトウクジラのソングを聴く事ができたこの日を、私は忘れる事はないと思います。
小笠原諸島では、ホエールウォッチングだけでなく、ドルフィンスイムも行えるため、船上でのウォッチングの在り方や、ドルフィンスイム中に「イルカに触らない・触ろうとしない」、「無理に追いかけない」などの徹底した注意喚起、自分自身を含め野生生物・生息環境を守るためのルールについてをガイドの方から教えていただきました。紙面上の知識から経験へと代わり、記憶に残りやすい形で多くのことを覚える事ができました。
水族館やふれあい施設は、イルカの身体能力の高さ、賢さなどについて学ぶ事ができ、何より、可愛いなどの気持ちが芽生えれば関心を寄せるきっかけとなります。しかし、どんなに可愛い生き物でも、野生生物である以上危険性は常にあります。夏頃になると、「野生のイルカに噛まれケガ」など悲しいニュースが流れ、野生のイルカと水族館で観ているイルカは同種であるが違う事。日本の海でもあう事のできる身近な生き物である事を改めて感じます。
私がザトウクジラにあいに行き、印象が大きく変化し、その生き物の様々な事を知ったうえでさらに好きになったように「野生の生き物にあいに行く」事で新たな発見があるかもしれません。まずは、水族館ではみる事の出来ない日本の海に生息している野生のザトウクジラにあいに行ってみませんか?
◆Project WILD公式HPには環境教育活動事例などが掲載されています。 https://www.projectwild.jp/
(2024年11月掲載)
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