夢中になることってありますか?
私にとっての一つは釣り。
初めての経験は父親と行ったマハゼ釣り。3~4歳の頃、ふわふわ泳ぎながら餌のゴカイを突く姿は今でも思い描くことができます。小学生になると友人と自転車で釣りに行くようになり、初めて釣ったのはオイカワ。高学年になると行動範囲も広がり、河口や海でスズキやクロダイも狙うようになりました。そして、ある漫画と出会います。矢口高雄さんの『釣りキチ三平』です。
私はまともに字も読めないようなおバカな小学生。でも、自然は大好きで釣りはもちろん昆虫採集にも勤しむ毎日。ザルいっぱいにカブトムシの幼虫を捕まえて得意げに母親に見せ、卒倒させるような子どもでした。図鑑以外は本も読まずに遊び呆けていた私ですが、釣りと自然を舞台にした『釣りキチ三平』に夢中になり、少しずつ図鑑以外の本にも手を出すようになりました。その三平くんのお話の中に『イトウの原野』という章があります。私の人生はこの物語に大きく変えられました。
イトウという魚をご存知ですか。日本では北海道にのみ生息する魚です。以前は東北地方にも生息していましたが姿を消し、北海道でも数を減らし、今では一部の地域にのみ生息しています。その大きさや数の少なさから「幻の魚」と呼ばれ、釣り人憧れの魚。イトウはサケ科イトウ属、学名をParahucho perryiといいます。種小名のperryiはあの黒船ペリー提督。彼がこの種を世界に紹介したことがわかります。
私の生まれは茨城県。憧れてもイトウを釣ることはできません。そんな夢の魚に近づける出会いがありました。それはお隣のおじさん。彼は釧路湿原のある町の出身で「イトウを釣ったことがある」と話してくれました。身近な人が触れたことがあるなら、いつか自分も手にすることができる。そんな思いが、そのときに生まれました。
『釣りキチ三平』の中で、イトウは「ユラー」っと巨大な背中を水面から出して浅瀬に現れます。その前を泳いだネズミが、ガブッっと飲み込まれてしまう。そのシーンを目の当たりにした三平くんは野ネズミ型ルアーを改良して巨大なイトウに挑戦する。そして、ついに巨大なイトウをフッキング、パートナーの谷地坊主と共にイトウの鋭い歯を軍手に引っ掛けて釣り上げることに成功したのです。大自然の中で繰り広げられるドラマに夢中になりました。
私は中学2年生からフライフィッシングを始めました。その頃ルアーフィッシングが大流行。でも私は誰もやっていないことがやりたい。そして、どんどんフライの魅力にはまっていきました。自分で巻いた(作った)フライで、日光湯川のブルックトラウト(カワマス)を釣り上げたときは本当に嬉しかった。日光は日本のスポーツフィッシングの始まりの地。これら西洋の釣りを持ち込んだ人たちが楽しんでいました。そんな場所でフライフィシングを楽しんでいる子どもに興味が湧いたのか、スペシャリストの方々が色々と教えてくれました。どんなフライがいいとか、この場所ではこう攻めたらいいなど、本には書かれていない貴重な情報でした。
いつかイトウを手にしたい。そして、憧れのイトウが住む北海道の生き物たちにも興味が広がって行きました。その想いはどんどん大きくなり、「北海道の大学に行って野生の生き物たちを学びたい」と、中学3年の頃に決心しました。紆余曲折を経て北海道の大学に進学、就職先も北海道に決めました。
学生時代、2度ほどイトウにルアーフィッシングで挑戦して惨敗。就職してからは道北の湿原河川に通うようになりました。フライフィッシングでの挑戦です。幻の魚と言われるイトウですが、その姿は早いうちから確認することができました。驚いたことにその様子はまさに『釣りキチ三平』で描かれてきた姿。浅瀬を泳ぐイトヨの群れに襲いかかる様子はまさに猛魚。追われたイトヨたちは驚いて陸上に打ち上げられます。そのイトヨに「背中を水面から出して」襲いかかる。まるで南米のオタリアに襲いかかるシャチのよう。
当時の私はゾンカーと呼ばれる細く切ったウサギの毛皮を使ったフライでイトウを狙っていました。まだ水に馴染んでいないゾンカーをキャストすると水の上に浮かんでしまいます。本来、水中に沈んで泳いでいる小魚のように見せるフライなのですが、ぷかぷか浮くとまるでネズミのよう。そのフライを沈めようと引っ張るのですが水面を漂ってしまう。ダメだな~と思っていたその時、水面を割って大きな口が…。そう、やっぱり彼らは「ネズミをも食べている」のです。そして26歳、私は初めてイトウを手にしました。震える手でフライを外そうとした時、鋭い歯で指を切り血が溢れ…そう、三平くんと谷地坊主の2人が軍手でひっかけて取り込んだ「谷地坊主流とりこみ法」通りの鋭い歯でした。
現在、仕事が忙しく北の河川巡礼は減ってしまいましたが、彼らは今も北の大地を泳いでいます。しかし、その数は多くはありません。やはり幻なのです。私の住む地域にもチライ(アイヌ語でイトウの意味)という地名が残っているため昔は身近であったことに間違いありません。私が通っていた河川はキャッチ&リリースの徹底や保護活動が実り、数が少し増えていました。しかし、昨年の猛暑で水温が上昇し、イトウの息絶える姿がSNSを通して伝えられ、今春(シーズン)は「釣りを自粛しよう!」の呼びかけが届きました。私もイトウを愛するなかまとともに、彼らの復活を心から願っています。
北の大地に春の訪れを知らせてくれるフクジュソウの黄色い花。アイヌ語では「チライアパッポ」イトウの花という意味です。イトウは、早春に川を遡上して産卵します。婚姻色で真っ赤に染まった巨大なイトウが泳ぐ傍らで、黄色いフクジュソウが咲き誇っている。チライアパッポという名前の由来でしょうね。
数年前、私が住む地域の海でイトウの姿を目にしたとき、私の頭の中に素敵な映像が浮かびました。
フクジュソウの花が咲くころ、我が家の目の前を流れる川に巨大なイトウが悠々と泳いでいる。真っ赤に染まった巨大な背をゆらりと水面に出しながら。
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今、青い海の中で・・・。
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