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七ツ洞公園再生の仕掛け

「公園文化を語る」は、様々な分野のエキスパートの方々から、公園文化について自由に語っていただくコーナーです。
第7回目は、筑波大学の鈴木雅和教授に、公園の達人第12回でも紹介しました、水戸市にある七ツ洞公園再生について語っていただきました。

11鈴木雅和自画像


筑波大学芸術系 鈴木雅和教授
はじめに

水戸市にある七ツ洞公園再生の物語です。現在の再生を支える市民活動については、公園の達人第12回(以下、公園の達人)の記事「水戸イングリッシュガーデンクラブ」江幡ゆき子さんへのインタビューに大変良く表現されています。本稿では、見えない部分も含めて「再生の仕掛け」について述べます。公園の達人を合わせてお読みいただくと、通常とは逆のアフター・ビフォー物語になりますが、この再生はまだ始まったばかりであることを最初にお断りしておきます。

発端

2011年10月、東日本大震災からの復興が始まる頃、旧知である水戸市植物公園園長、西川綾子さんから「水戸にある七ツ洞公園の再生を手伝って欲しい!」とのお話がありました。てっきり震災からの再生かと思ったのですが、「英国庭園としての再生」とのこと。水戸に英国庭園?水戸なら偕楽園という立派な日本庭園があるじゃないか!小石川には後楽園もあるし。?が七つぐらい付くほどの疑問が。

現地調査


前提条件を理解するまで、かなりの時間を要しました。英語の設計書や報告書を何冊も読むはめに。これを計画・設計したのは英国の設計会社で、主要材料も英国から持ち込んだとのこと。その設計会社はすでに存在していません。これまで外国で見た日本庭園に違和感を感じたこともあり、どうせ「なんちゃって英国庭園」だろう。とにかくまず、現地を見ることが先かな。ということで西川さんと公園課長に案内していただきました。我々より先に到着していたのは釣り糸を垂れる常連1人と数人のコスプレ集団。この日常と非日常が混在した風景は珍しい。園内をめぐると綺麗な水と緑そして空だけの風景、そこに突如パビリオン・洞窟・井戸そして廃墟が。まさしく18世紀に典型的な英国風景式庭園です。ここで風景画を描けば、誰でもクロード・ロランかニコラ・プッサンになれるかも?英国でナショナルトラストの庭園をご覧になった方々がこの部分だけを見たら、水戸にいることを忘れるでしょう。ここまでは好印象。さらに歩みを進め、レンガで囲まれた「秘密の花苑」ではもう一組のコスプレ集団が撮影会中。入り口には詳細な配植図のパネルが。ところが花壇を見ると、あるはずの植物が、・・・そして何もいなくなっている・・・ミステリー?ほぼ全面にスギナが繁茂しているので相当な酸性土壌か?レンガウォールのすぐ外側には覆いかぶさるように杉や白樫などの樹林。花が咲かないのも無理はありません。おまけに、何処からともなく漂う悪臭。西川さんいわく「私じゃないわよ!」すぐ近くで経営する豚舎があるらしい。ここは市役所にとって「秘密にしておきたい花苑」だったのかもしれません。とはいえ素材としては本物志向でした。

再生の発想と市長プレゼン


すぐに「七ツ洞公園を再生する七つの方法」というパワーポイントを作り、仮設の市庁舎で高橋やすし市長にプレゼンしました。その七つとは、

①有料化する
②専属ガーデナーの採用
③良さをしらせる
④庭を楽しむ
⑤21世紀型の英国庭園を目指す
⑥庭園の文化を醸成する
⑦多様な連携を図る

です。具体的な中身は省略しますが、びっくりしたのは20分のプレゼンが終わった瞬間に、副市長がやおら立ち上がり、「みんな!この先生の言う通りにやってくれ!この七つの方法は、 10年前にわたしが公園課長だった時にやりたかったことだ!これはわたしの遺言だ!」私はキョトンとしていましたが、普段あまり発言しない副市長の定年直前の熱弁は、出席者全員の驚きだったそうです。



調査・提案


私は当時の大学院生であった西澤瞳さんの修士研究(主に調査)と並行して、1年間かけて企画・提案を進め、修士論文のほか「七ツ洞公園活性化ハンドブック2012」(全93ページ)をとりまとめました。主な中身は、

①英国庭園の歴史・構成・意義を理解すること
②本園の開設意図を理解すること
③本園の構成要素と設計意図の関係を理解すること
④18世紀型の風景式庭園と19世紀以降の秘密の花苑部分の様式を混同せず両立させること
⑤秘密の花苑の土壌分析と改良設計により土壌基盤の再造成を行うこと
⑥秘密の花苑周辺の日照阻害となっている樹木を伐採すること
⑦豚舎用地の買収と撤去を先決すること

これに加え、前述の七つの方法の内容を具体的に提案しました。その根本は、ウィリアムケントやケイパビリティブラウン達に規範を求める18世紀の風景式庭園部分と、ビータとハロルドあるいはガートルードジェーキルに規範を求める19・20世紀の花苑部分において、その本質を崩さずにそれぞれの特徴を大事に育てる必要があることです。間違えても、風景式庭園部分が寂しいからといって、そこを園芸品種の花で一杯にしようと思ってはなりません。逆に秘密の花苑を2度と廃墟にしてはいけません。当時の石井秀明都市計画部長が中心となって全100項目の改善案から「七ツ洞再生物語」のシナリオを構築して、平成26年度からスタートしました。行政は異動が多く人間関係がすぐに切れてしまうことが多いのですが、この仕事で面白いのは、国から出向していた部長をはじめ、関係する担当の方が異動後もこの公園に関心を持ち続けていることです。



テルマエ・ロマエ効果?


調査開始時点の年間来園者数は9,000人程度でした。それが、毎月少しづつ増え始めている。その原因がこの公園で一部撮影が行われた「テルマエ・ロマエ」の公開でした。撮影自体は私が関わる前からのことでしたが、これにちなんだイベントを会議で提案したところ、石井部長が激怒、「そもそも英国庭園でイタリアの映画を撮影するとは何事だ!」しかし、私が「18世紀の英国庭園の風景的規範は実は古代ローマの風景なんですよ。ここでローマの映画を撮るのはむしろ理にかなっている!」と、グランドツアー、ローマの風景画、ピクチャレスク、自然と崇高の概念、幾何学式庭園との違い、ロマン主義、廃墟の意味、サーペンタインなどについて語ると、今度はすっかり英国庭園の歴史ファンに変身し、ロケに関する看板までデザインしてしまいました。七ツ洞公園から18・19世紀の英国、そして古代ローマにワープできるんです。それを最初に直感したのは、コスプレーヤー達やテルマエ・ロマエの製作者だったのでは?庭園を管理するには理性と感性の両方が必要です。



再生効果


私の再生提案はいつも、予算があまり無くてもできることと、予算が無いとできないことに分けて作ります。前者ですでに実行されたことは、①WEBの作成、②秘密の花苑周辺樹木の伐採、土壌の全面改良、イチイの高垣刈り込みと施肥、ボーダーガーデン植栽、古い植栽図の撤去、パーゴラ・アーチなどへの蔓植物の植栽、土地に合った植物の選択、③廃墟周囲の樹木伐採、④古い看板の撤去などで、後者は①イベントの開催、②豚舎用地の買収(豚舎の撤去)です。何よりも優先すべき悪臭源の撤去ができたことは、今後の再生のはずみになりますが、跡地に駐車場を設置する計画エスキースを見せていただき苦言。それはショッピングモールの駐車場と何ら変わらない土木的提案でした。「駐車場も庭園でなければならない!」現在、基本設計からやり直していただいています。ハードだけでなくソフトの対策としては、①ボランティア組織の結成、②職員および市民にたいする英国庭園に対する知識と興味の増進、③イベントに関する協力動員体制、④広報の活性化などであり、これらが多くの人の協力によって実行されました。私は当面の動員目標数として年間50,000人を提案しました。年間1万人にも満たない現状からは大胆な数字だったかも知れません。しかし、公園の達人第12回の記事を見ていただくと分かりますが、平成26年度で59,300人、27年度で63,100人となっています。初年度から目標を達成しています。イベント1日で1年分の動員数を叩き出した勘定です。これまで実行したことは、七つの方法から見るとほんの僅かですが、相当な効果が出ていることから、この物語が今後どのように展開されるか楽しみです。しかし石井さんの強い意図もあって次年度以降のタイトルは非公開です。一度に巨額を投資して、すぐに結果を求める時代ではありません。再生プロセスそのものが次の物語を作ってゆきます。一般的に行政はこのような先の見通せない方法論が苦手ですが、本園での展開はちょっとワクワクします。

七ツ洞公園の基本理念に還る


水戸芸術館とともにこの公園を産みだしたのは、当時の佐川一信市長です。この公園は風致公園としての位置付けで、それを英国庭園の様式で実施したことは、21世紀に求められる景観性と生物多様性の両立という、先を見通した相当の達観だったと思います。したり顔で、「水戸に何で英国庭園なんだ?」と批判するのは簡単ですが、この選択がいかにすばらしかったか再評価すべきです。完成を見ずに急逝された佐川市長の意図を、しばらく正確に管理運営に反映できなかったことは無理もありません。東日本大震災でパビリオンの1つが倒壊したのですが、すぐに撤去処分されたそうです。それを廃墟として園内に再設置するという発想がなぜ出なかったのか?リスボン大震災やポンペイ遺跡の発見と18世紀英国庭園には深い関係があります。風景式庭園は人間と自然の関係を時間軸で考えるメディアなんです。

おわりに

国内にいくつか英国庭園と称するものはありますが、その精神と様式を一定程度満足するものは国内において他に多くありません。読者の方で、北海道恵庭にある「えこりん村銀河庭園」以外に思いつくものがあればお知らせください。偕楽園のような江戸の大名庭園は日本の風景式庭園であり、これに加えて英国の風景式庭園を持つ水戸市とは、何て贅沢で文化的な都市なんでしょう。

※文中に出てくる所属、肩書等は、ご寄稿いただいた時点のものです。2016年8月掲載

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過去記事一覧
28 都市公園が持つ環境保全への役割
27 フォトグラファー視点から見る公園
26 高齢社会日本から発信する新しい公園文化
25 植物園の魅力を未来につなげる
24 アートで公園内を活性化!
23 手触りランキング
22 和菓子にみる植物のデザイン
21 日本庭園と文様
20 インクルーシブな公園づくり
19 世田谷美術館―公園の中の美術館
18 ニュータウンの森のなかまたち
17 地域を育む公園文化~子育てと公園緑地~
16 公園標識の多言語整備について
15 環境教育:遊びから始まる本当の学び
14 青空のもとで子どもたちに本の魅力をアピール
13 関係性を構築する場として「冒険遊び場づくり」という実践
12 植物園・水族館と学ぶ地域自然の恵み
11 海外の公園と文化、そして都市
10 都市公園の新たな役割〜生物多様性の創出〜
09 日本の伝統園芸文化
08 リガーデンで庭の魅力を再発見
07 七ツ洞公園再生の仕掛け
06 ランドスケープ遺産の意義
05 公園文化を育てるのはお上に対する反骨精神?
04 公園のスピリチュアル
03 遺跡は保存、利活用、地域に還元してこそ意味をもつ  ~公園でそれを実現させたい~
02 公園市民力と雑木林
01 これからの公園と文化


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