第15回は、環境教育や野外活動に関する資格を活かして、任意団体「すぎなみPW+」のメンバーとして都内の公園で環境教育プログラムを実施している関隆嗣さんよりご寄稿いただきました。
私は都内の野外活動団体で勤務する傍ら、任意団体として「すぎなみPW+」を立ち上げ、毎月第3土曜日に国営昭和記念公園にて生き物をテーマとした環境教育プログラムの体験会「プロジェクト・ワイルド自然発見塾in昭和記念公園(以下、自然発見塾)」を実施しています。
一般的に「環境」からイメージすることは、植樹活動やレジ袋削減などの環境保護やゴミ問題かもしれません。さらに「教育」が付くと堅いイメージが浮かぶのではないでしょうか。でも、この自然発見塾には、「環境」という字も「教育」という字もありません。一番大切にしていることは、「子どもが熱中して遊ぶ実体験」なのです。
プロジェクト・ワイルドは、動物の生態を通じて、自然や人の関わりを学んでもらうプログラムです。自然発見塾は、4歳から小学生までの子ども連れの親子を対象として事前申し込み制で実施しています。毎回楽しみに参加してくれる子どもも多く、30名15組の定員がすぐに満席となります。
参加した子ども達は、自然発見塾の中で鳥になって食事をしてみたり、動物になってかくれんぼしたり、思いっきり「遊ぶ」のです。動物になりきってみると、木や草、鳥、昆虫が、いかに効率的に生きているのかが見えてきます。
自然発見塾後に子ども達に感想を聞くと、たくさんの発見をしていることに驚かされます。「遊び」に熱中すればするほど、子ども達はたくさんのことに気づくのです。その気づきこそ、学びの原点なのです。
プロジェクト・ワイルドは、アメリカで1980年より開発が続けられているプログラムで、教育省(日本でいう文部科学省)にて環境教育プログラムとして採択されています。学校や公園において、生きものの生態を知ることを通じて、環境について学ぶことができます。その真価は、答えを教わるのではなく、体験しながら“考える力”を培うことです。現在では、アメリカや日本の他、カナダ、プエルトリコでも導入されています。
日本では、1999年に一般財団法人公園財団が導入し、2006年より環境省と国土交通省から環境教育推進法における人材認定等事業として登録されています。導入から20年経った現在では、小中学校・高校をはじめ、幼稚園、保育園、専門学校、大学における環境教育プログラムとして活用されている他、子ども会などの地域活動や学童保育、動物園や水族館、企業のCSR活動等でも導入されています。
私がプロジェクト・ワイルドに出会ったのは、導入されて間もない2002年のことでした。当時、私はキャンプをはじめとする野外活動や農業体験の指導などを業務としていました。野外活動のプロとして活動をしていましたが、「環境教育」は未知の分野でした。プロジェクト・ワイルドの指導者養成講習会に申し込んだものの、未知のものに対して不安だったことを覚えています。
講習会当日、やや緊張気味で挨拶もぎこちなく座席につきました。しかし、講習会が始まり、講師の紹介に続いてプログラムが始まったら、あっという間に1日が終わり、始めの緊張がうそのように、すっかりリラックスしていました。座学が中心だと考えていたのですが、体を動かすプログラムが多く、体験が学びにつながったのです。体験から気づきにつながり、気づきが学びになるという初めての体験でした。一緒に受講した仲間の気づきにも驚かされると共に、仲間の気づきも自分に取り込まれていくのが分かりました。
これが、私が受けた環境教育の始まりでした。
この時から、どんな体験をするとプログラムの参加者が自然に興味を持つのかを考え、環境教育プログラムを実施するようになりました。
ある時、自然発見塾で「クモ」をテーマとして、プログラムを行いました。クモは、大多数の人が「嫌い」なものとしてイメージする生物ではないでしょうか。参加者数も、普段に比べると少ない状況でした。会場には、「クモ」の図鑑やぬいぐるみなども並べてあったので、開始までの間、そこかしこから、「気持ち悪い」などの悲鳴があがっていました。
自然発見塾の最初に「クモ」が嫌いな人を尋ねると…、子どもだけでなく保護者も含めて、ほぼ全員の手が上がりました。「形が嫌い」「足が8本もある」「糸が嫌」など、その理由も様々。中には、「見るのも嫌」という人もいました。
まずはクモ本体ではなく、クモがどうして自分の糸にくっつかないのか体験してもらうことにしました。プラスティック容器のフタにセロハンテープでタテ糸、両面テープでヨコ糸を貼りクモの巣を模したものを子ども達の前に置きました。最初は、置かれたものになかなか手が伸びないのですが、「触って確かめてみよう」という言葉で手が伸び始めます。子ども達は、2つのテープで表した巣に「くっつく糸」と「くっつかない糸」があることに気が付きました。「くっつかない糸」を歩くことで、クモが自由自在に巣を歩くことが分かったのです。
次に、その足に注目してもらうことにしました。クモが巣で歩いている写真を置きました。嫌がっていた子どももいたのですが、「足は何本?」「足はどこから出ている?」「目はいくつ?」と問いかけると、そこからは写真をよく見ながら答えていました。さっき、嫌がっていた子も、一緒に観察し始めました。
そこに、透明のプラカップに入った実物のクモを置きました。途端に、「足に毛がついてる!」「糸が出てくるところ見えた!」と声があがります。子ども達は虫メガネを片手にじっくりと観察し始め、傍で見ていた保護者も、一緒に観察をし始めたのです。誰がクモ嫌いだったのか分からないくらい、全員が間近で観察をしていました。
しっかりと観察が終わったら、クモの糸の耐久実験を最後に行います。クモから糸を分けてもらい、その糸にカゴをぶら下げ、糸が切れるまで1円玉を乗せていきます。「どれくらい入ると思う?」と聞くと、3枚を予想した子がほとんどでした。1枚ずつ1円玉を持たせて、「1枚~、2枚~」と紙の皿に入れていきます。予想した3枚を超えて、4枚、5枚…、最初は遠巻きに見ていた子どもも保護者も、食い入るように見つめていました。その顔つきは真剣そのもの。1円玉の重みで糸が震える度に歓声があがります。コインを持つ手が震えている子もいました。糸は伸縮をしながら、ゆれたりたるんだりを繰り返して、いつ切れてもおかしくない状況です。
そして、とうとうその時がきました。15枚目を入れた瞬間、ぷっつりと切れました。「あー」と教室中に声が響きました。お互いに顔をみあって、自分たちが体験した話がたくさん膨らんでいきました。
自然発見塾の最後に、もう1度最初の問いかけをしてみました。子ども達からは「嫌いだったけど、クモってすごいやつだった」と感想が出てきました。最初は感情的に、「好き・嫌い」だったものが、プログラムを通して生態を理解して、その結果が「すごいやつ」に変わったのです。一つ一つの体験が子ども達の学びに繋がった瞬間でした。
プロジェクト・ワイルドを通じて、生き物に興味を持っていく子ども達を見てきました。子ども達はプログラムを通じて、感情的に生き物を判断するのでなく、住み家や食べ物、生態など、科学的に判断する術を身に付けていきます。やがては、自然と人との関わり方を考えていくことにつながっていきます。体験を通じた学びが、自然との関わり方に強く影響を与えるものになると感じています。そしてこの学びによって、子ども達が自然や環境のために責任を持って行動できる人になって欲しいと願っています。
自然発見塾での子ども達の様子から、身近にある公園から始まった体験が、こうした想いをつなげる種(たね)になると確信しています。
■関連ページ
すぎなみPW+ :https://suginamipwp.wixsite.com/index
プロジェクト・ワイルド:https://www.projectwild.jp/
※文中に出てくる所属、肩書、情報などは、取材時のものです。(2019年7月掲載)
30 公園から始める自然観察と地域との連携 日本大学 生物資源科学部 森林学科 教授 杉浦克明
29 すべての人々へ自然体験を 自然体験紹介サイト「WILD MIND GO! GO!」 主宰 谷治良高
28 都市公園が持つ環境保全への役割 札幌市豊平川さけ科学館 学芸員(農学博士)札幌ワイルドサーモンプロジェクト共同代表 有賀望
27 フォトグラファー視点から見る公園 国営昭和記念公園秋の夜散歩 ライティングアドバイザー フォトグラファー 田島遼
26 高齢社会日本から発信する新しい公園文化 鮎川福祉デザイン事務所 代表 埼玉県内 地域包括支援センター 介護支援専門員 (ケアマネジャー) 鮎川雄一
25 植物園の魅力を未来につなげる (公社)日本植物園協会 会長 水戸市植物公園 園長 西川綾子
24 アートで公園内を活性化! 群馬県立女子大学文学部美学美術史学科准教授 アートフェスタ実行委員会代表 奥西麻由子
23 手触りランキング 樹木医・「街の木らぼ」代表 岩谷美苗
22 和菓子にみる植物のデザイン 虎屋文庫 河上可央理
21 日本庭園と文様 装幀家 熊谷博人
20 インクルーシブな公園づくり 倉敷芸術科学大学 芸術学部 教授、みーんなの公園プロジェクト代表
19 世田谷美術館―公園の中の美術館 世田谷美術館学芸部 普及担当マネージャー 東谷千恵子
18 ニュータウンの森のなかまたち ごもくやさん 中田一真
17 地域を育む公園文化~子育てと公園緑地~ 東京都建設局 東部公園緑地事務所 工事課長 竹内智子
16 公園標識の多言語整備について 江戸川大学国立公園研究所 客員教授 親泊素子
15 環境教育:遊びから始まる本当の学び すぎなみPW+ 関隆嗣
14 青空のもとで子どもたちに本の魅力をアピール 上野の森親子ブックフェスタ運営委員会(子どもの読書推進会議、日本児童図書出版協会、一般財団法人出版文化産業振興財団)
13 関係性を構築する場として「冒険遊び場づくり」という実践 NPO法人日本冒険遊び場づくり協会 代表 関戸博樹
12 植物園・水族館と学ぶ地域自然の恵み 福山大学生命工学部海洋生物科学科 教授 高田浩二
11 海外の公園と文化、そして都市 株式会社西田正徳ランドスケープ・デザイン・アトリエ 代表 西田正徳
10 都市公園の新たな役割〜生物多様性の創出〜 千葉大学大学院園芸学研究科 准教授 野村昌史
09 日本の伝統園芸文化 東京都市大学環境学部 客員教授 加藤真司
08 リガーデンで庭の魅力を再発見 (一社)日本造園組合連合会 理事・事務局長 井上花子
07 七ツ洞公園再生の仕掛け 筑波大学芸術系 教授 鈴木雅和
06 ランドスケープ遺産の意義 千葉大学名誉教授 赤坂信
05 公園文化を育てるのはお上に対する反骨精神? 森本千尋
04 公園のスピリチュアル 東京農業大学名誉教授・元学長 進士五十八
03 遺跡は保存、利活用、地域に還元してこそ意味をもつ~公園でそれを実現させたい~ 学校法人旭学園 理事長 高島忠平
02 公園市民力と雑木林 一般社団法人日本樹木医会 会長 椎名豊勝
01 これからの公園と文化 一般財団法人公園財団 理事長 蓑茂壽太郎