第22回は、和菓子屋・虎屋にある菓子資料室「虎屋文庫」の河上 可央理さんからご寄稿いただきました。虎屋文庫は、菓子の見本帳や古文書、古器物などを保存・整理するとともに、様々な菓子資料を収集し、機関誌『和菓子』の発行、展示開催やホームページでの連載「歴史上の人物と和菓子」などを通して、和菓子情報を発信しています。
公園を訪れる楽しみの一つに、植物や自然の風物の観賞がありますが、これは和菓子にも共通するところがあると思います。
和菓子、なかでも、いわゆる上生菓子には、植物をモチーフとしたものが数多くあります。和菓子屋によく足を運ぶ方は、桜の菓子一色の店頭を見て、花見の季節に心が浮き立ったり、紅葉の意匠(デザイン)から、秋の山に思いを馳せたり、和菓子によって季節の移り変わりを感じた経験もあるのではないでしょうか。
和菓子の意匠に植物を取り入れる文化は、少なくとも300年は遡ることができます。
こちらは虎屋の元禄8年(1695)の菓子見本帳(菓子のデザイン帳)で、現在の商品カタログのように使われたものです。花筏は、散った桜の花びらが川を流れていく様子を筏に見立てた言葉。白藤は、銘の通り白い藤の花をイメージしたもの。水山吹は川辺に山吹の花が咲き乱れる情景を思わせます。龍田餅は少し不思議なデザインですが、紅葉の名所として有名な奈良の龍田川を想起させる銘です。周りを縁取る小豆の粒は、紅葉の葉を表したものでしょう。
これら桜、藤、山吹、紅葉などはいずれも、古くから和歌に詠まれ、美術工芸品の題材にもされてきました。長い歴史の中で日本人が育んできた美意識が、和菓子にも取り入れられていることがわかります。
現代に話を戻しまして、とらやを例に、いくつか冬の菓子を見てみましょう。たとえば、『氷の上』という、水仙をかたどった菓子があります。菓銘からは、寒い冬、凍りついた湖や池のほとりに咲く水仙の花が想像されます。
『新山茶花』のように、植物が抽象的に表現されたものもあります。紅と白というシンプルな2色の色合いですが、不思議と山茶花の凛とした美しさが感じられるようです。
また、1月になると、早くも梅の菓子が店頭に並び始めます。梅は他の花よりも早く咲くことから百花の魁(さきがけ)と呼ばれ、春を告げる花とされます。実際にはまだ寒い季節に販売されることも多いのですが、梅の菓子の登場によって、冬から春へ季節が移りつつあることが感じられます。
面白いのは、同じ梅モチーフの菓子でも、意匠や菓銘がさまざまなことです。『寒紅梅』は寒さの中に咲く一輪の紅梅。『木の花』という銘は、『古今和歌集』の序に「なにはづ(難波津)に咲くやこの花冬ごもり……」とあるように梅の別名であり、紅白のそぼろは、咲き誇る梅を連想させます。『月ヶ瀬』は奈良の地名で、名張川の渓谷沿いにある梅の名勝地。白い饅頭に青い線が入ったシンプルな意匠ですが、菓銘とあわせて見ることで、川の両岸に白梅が咲き匂う情景が浮かぶ趣ある菓子です。
『寒紅梅』は花の形、『木の花』は赤と白という色合いの妙、『月ヶ瀬』は、梅が咲き匂う情景など、それぞれ違った視点で梅の美しさを捉えており、植物を観賞する際の視点を教えてくれるようでもあります。
四季折々、植物によって公園の景色が異なる表情を見せるように、和菓子も、春は早蕨、桜、菜の花、山吹、夏はつつじ、菖蒲、紫陽花、朝顔、秋は撫子、萩、桔梗、菊……等々、季節ごとに違った華やぎを見せます。和菓子屋の店頭を眺めるだけでも和みますが、好みのものを買って帰り、自宅で和菓子の花見をしたり、和菓子の写生帳を作ったりして、楽しんでみてはいかがでしょうか。
◆関連ページ: 菓子資料室 虎屋文庫:https://www.toraya-group.co.jp/toraya/bunko/L
※文中に出てくる所属、肩書等は、掲載時のものです。(2021年12月掲載)
第29回 すべての人々へ自然体験を
28 都市公園が持つ環境保全への役割
27 フォトグラファー視点から見る公園
26 高齢社会日本から発信する新しい公園文化
25 植物園の魅力を未来につなげる
24 アートで公園内を活性化!
23 手触りランキング
22 和菓子にみる植物のデザイン
21 日本庭園と文様
20 インクルーシブな公園づくり
19 世田谷美術館―公園の中の美術館
18 ニュータウンの森のなかまたち
17 地域を育む公園文化~子育てと公園緑地~
16 公園標識の多言語整備について
15 環境教育:遊びから始まる本当の学び
14 青空のもとで子どもたちに本の魅力をアピール
13 関係性を構築する場として「冒険遊び場づくり」という実践
12 植物園・水族館と学ぶ地域自然の恵み
11 海外の公園と文化、そして都市
10 都市公園の新たな役割〜生物多様性の創出〜
09 日本の伝統園芸文化
08 リガーデンで庭の魅力を再発見
07 七ツ洞公園再生の仕掛け
06 ランドスケープ遺産の意義
05 公園文化を育てるのはお上に対する反骨精神?
04 公園のスピリチュアル
03 遺跡は保存、利活用、地域に還元してこそ意味をもつ ~公園でそれを実現させたい~
02 公園市民力と雑木林
01 これからの公園と文化