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第13回 関係性を構築する場として「冒険遊び場づくり」という実践

13回は、朝霞市の朝霞の森などでプレイワーカーとして働くと共に、子どもの「あそび」に関わる人の実践講座や親子向け講座を実施しているNPO法人 日本冒険遊び場づくり協会代表の関戸博樹氏にご寄稿いただきました。

 

NPO法人 日本冒険遊び場づくり協会

代表  関戸博樹氏

1. 冒険遊び場の発祥と日本での始まり


私は現在、フリーランスのプレイワーカー ※1として子どもの遊び場づくりに関する様々な仕事をしており、中でも「冒険遊び場づくり」と呼ばれる市民活動の領域が一番ボリュームの大きな仕事となっています。また、全国の冒険遊び場づくりの取り組みを中間支援するNPO法人日本冒険遊び場づくり協会の代表も務めております。

 

冒険遊び場はプレーパークとも呼ばれ、開催場所の制限をできるだけ外した上で、泥遊び、水遊び、木登り、時には焚き火など自然を感じ、子どもが遊びを手作りしやすい環境を整えて開催しています。また、子どもが自分自身のやりたいことに十分熱中して遊ぶことができるようにするため、極力大人から遊びのプログラムを提供しないという特徴があります。南は沖縄県、北は北海道まで日本全国で運営団体は約400あり、複数の冒険遊び場を運営している団体もあるため、実態は400か所以上の冒険遊び場があるということになります。2016年に行った第7回冒険遊び場づくり活動団体実態調査 ※2によると、運営主体の74.5%が市民活動グループにより、51.8%の活動が都市公園や児童遊園を使って展開されており、公園文化とは深いつながりのある取り組みとなっております。

 

冒険遊び場発祥は1943年のデンマークです。子どものための公園づくりをしていたソーレンセン氏の「子どもは整備された遊び場よりも、自分で環境を変化させることができ、遊びを生み出すことのできる場所に惹かれる」という観察結果をもとに、敷地内に木材やレンガ、古タイヤ、ロープ、スコップなどが置かれた第一号の「エンドラップ廃材遊び場」ができました。

 

日本では1975年に世田谷区経堂で大村虔一・璋子夫妻が地域の子育て仲間たちと我が子の遊び環境をより良くしたいとはじめた活動が源流になっており、1979年の国際児童年には世田谷区の記念事業として行政と市民による協働運営で、日本で初めての常設の冒険遊び場「羽根木プレーパーク」がオープンしました。

 

※1 子どもの遊びに関わる専門職の総称であり、欧州などでは一般名詞となっている
※2 http://bouken-asobiba.org/know/

2. 子どもが遊ぶ社会環境の変化


冒険遊び場づくりが日本で草の根の活動として広がってきた大きな理由は「子どもの遊び環境の改善」です。活動の生みの親でもある大村夫妻の動機と同じ様に、我が子や地域の子どもたちの遊び環境をより良くしたいと願うに至る現代の乏しい遊び環境が根底にあります。

 

まず、社会の中で子どもがマイノリティになってきているという実態があります。昭和30年は社会全体の人口に占める子ども(0歳~14歳)の割合は33.4%でしたが、平成26年には12.8%に減ってしまっています ※3

 

そして、社会の発展とともにシステム化された現代の環境の中では、少数派である子どもの都合はまちづくりに反映される機会も少なく、ニーズは後回しにされています。結果、多数派である大人にとっての利便性や都合が優先された空間や仕組みによって、子どもの育つ環境は囲われてしまっています。例えば、都市部では子どもの声を騒音として捉える意見は珍しくない話題ですが、公園や保育所などが住環境と十分な距離を保てないケースなどでは、子どもたちの遊びを制限せざるを得ない状況があります。この様なまちの過密さの影響に加えて、地域の人間関係の希薄化など、問題は単純ではなく複合的に重なり合っています。また、地方に行けば、自然環境は残っていても子どもの数が少なく、近くの友だちの家に行くためにも大人の車での送迎がないとままならないなど、都市部よりも一層厳しい問題が子どもたちを取り巻いています。

※3  https://www.stat.go.jp/data/jinsui/topics/topi821.html



3.遊びは大人になるための準備


公園を使った子どもの遊びにも、これらの影響は及んでおり、私が子どもであった30年ほど前と比べると、今は子どもが親と一緒に公園などの遊び場に出かける機会は増えていると感じます。本来、子どもの遊びというものは、子ども自身の主体性を手掛かりにやりたいことにチャレンジしていく行為であるため大人を必要としません。また、大人がカテゴライズできる遊びは「かくれんぼ」「縄跳び」「ブランコ」など名前があったり、遊具に由来していたりするものがほとんどであることに対して、子どもから見た遊びというものは想像を超える広がりを見せるものであります。例えば、公園の植え込みに吹き溜まりとなっている落ち葉の中をガサゴソと歩いてみたり、園内灯の柱に片手をかけてグルグルと回ってみたり、目の前にある環境から遊びを見つけることに関しては専門家と呼んでも良いでしょう。

 

子どもはなぜそこまで夢中になって遊ぶことができるのでしょうか。そこには人間の種としての成長戦略があるのです。人間の子どもは生物として未熟に生まれ、20年近くかけながら成熟します。その期間の大半は子ども時代であり、育ちに必要な様々な体験を楽しいと感じ、遊びとして行うようになっているのです。「子ども」という大人になるための重要な準備期間に、しっかりと子どもらしく未熟に、子どもとして振る舞い、常に好奇心を持ち、失敗を恐れない無邪気さを保つことが必要です。その過程で、道具や素材、環境、他者、そして自身と対話を繰り返してこそ「大人」という状態になれるのです。

 

大人になるための準備としての遊びの延長線上には時に砂場でのおもちゃの取り合いの様に、人間関係を学ぶ機会も含まれています。しかし、おもちゃの取り合いの様なネガティブな事象はもとより、子どもらしく無邪気でいることすら担保されない様な育ちの環境が現代の子どもたちにはあります。親も周囲の大人も善意をもって、目の前の子どもが将来困らない様に先回りした大人としての手助けや助言を多く浴びせてしまっています。優しく思いやりを持って欲しいという願いが「貸してあげなさい」「我慢しなさい」という声かけになってしまっています。また、失敗ない人生を歩み、常に最適で最短な解を与えるべく「危ないからやめなさい」「こうすると失敗しないよ」と、未知との遭遇を日々楽しむ子どもたちの意欲を削ぐような介入をしてしまっているのです。



4. 親子の公園遊びの実態と関係性づくりの必要性


私は長男が1歳半の時から2年間を主夫として過ごした経験があります。その間、毎日近所の公園に外遊びに行っていましたが、公園に集う親子のほとんどは、他の親子と一緒に遊ぶということはなく、砂場も鉄棒も滑り台もブランコも子どもと親が2人1組でやっている状態でした。この状態では、よく顔を会わせる親同士でも挨拶を交わすか子どもの年齢や住んでいる地域などを話すのが限度だと感じました。

 

先ほどの話題で子どもの遊びの延長線上にあるおもちゃの取り合いがでましたが、親同士の関係性が成り立っていない状態では基本的に多くの親は自身の子どもを我慢させる様に動きます。我が子のおもちゃであれば「自分のだからいつでも使えるでしょ」、他の子どものおもちゃであれば「あなたのではないでしょ」と言うのです。多くの親は我が子をどう遊ばせれば良いのか、また、どう育てたら良いのかということを一人で抱えて悩み、公園や子育て支援施設を転々としながら暮らしています。これは日本全国多くの公園で日常的な光景です。そして、これは親の責任ではなく、社会の変化が生み出した光景なのです。

 

親同士が子どもの頃から一緒に育ってきたひと昔前の時代であれば、自宅周辺の近所づきあいの関係性も深く、ゆるやかな大人たちの見守りの眼差しのもとで自宅の前の路地や庭先で子どもたちはのびのびと遊び、育つことのできる環境がありました。そこでは、子ども同士がケンカをしていても、子どもたち自身で折り合いをつけるまで親は介入しないでも済む雰囲気がありました。事実、現代であっても公園での物の取り合いも親同士が友人である場合は上記の様に自分の子どもを我慢させることに躍起にならず、寛容にケンカを見守る親の気持ちの余裕があることが多いのです。つまり、子どもの遊びを見守る大人の眼差しには「関係性」が必要なのです。



5. 遊び場づくりの効果「新しいコミュニティをつくる」


遊びに来る親子が交われるきっかけづくりは冒険遊び場が大切にしていることの一つです。先にも書きましたが、現代の公園は地域社会の縮図でもあり、遊びに来ている親子同士の関係が希薄であることが多々あります。そんな中、親同士のコミュニケーションが円滑になることが、子どもがのびのびと育つことができるための寛容な親の眼差しを生みます。それぞれが住まう地区が違っても、「子どもをのびのび遊ばせたい」という共通の目的のもとに親は冒険遊び場に集うのです。

 

流出入の活発な現代の実情としては、家を中心とした物理的な地域でのコミュニティの機能は限定的です。過去の様な「向こう三軒両隣」で家族構成も知っており、近所づきあいを密にしながら助け合う時代ではなくなっている今、新しいコミュニティが必要とされていると感じます。

 

公園という地域の中にある公共のスペースが子どもの遊びを目的にした人たちの集う場所となるため、そして、子どもたちをのびのび遊ばせて育てる眼差しを大人がもてるようになるためには、 冒険遊び場づくりという営みが親をつなぐハブとして重要な役割を果たしているのです。ゆるやかなつながりの中で親子という最小単位のユニットが解れる瞬間が生まれると、子どもは自分の親以外の大人から声をかけられ、助けられることを経験することができます。そして、そこには親子だからこそ出てしまうストレートな感情表現もなければ、過度な介入はありません。他者であるからこそ、介入のしかたもゆるやかなのです。一方で、親も多くの親子と遊ぶ空間をともにすることで、我が子だけしか見えていなかったこれまでと違って、他人の子どもたちの存在が大きくなってきます。そして、赤ちゃんを抱えた母親が授乳している間、上の子どもと一緒に遊んであげることができるようになったり、複数の親子で遊ぶ内に親と子の組み合わせがわからないぐらいミックスされた状態になったり、子育ての単位が親子という小さなユニットからみんなという大きなユニットに変化していきます。子育てや遊びを目的とした新しいコミュニティのあり方がそこには生まれているのです。

6. 遊び場づくりの効果「公園の利用に主体的に関わる」


ビジネスの世界などでは昨今、「モノからコトへ」というキーワードが注目されています。消費は「モノ」そのものが持つスペックや機能ではなく、モノが実現してくれる「コト」の豊かさや満足度が重要という意味です。公園文化はビジネスの世界とは異なりますが、立派な遊具や整備された施設の充実よりも、そこで親自身や子どもが主体的で豊かな遊びが楽しめるという「コト」が重視されるようになってきているのだと思います。人は生来、他者とつながることに喜びを感じ、自分が自らの手で何かを作ったりすることが好きなのです。現代の地域にはその発露のきっかけや機会がないというだけだと感じます。

 

これは冒険遊び場づくりに限らず、主体的に公園づくりや維持管理に関わることであれば草花の手入れや地域交流のイベントなどでも同じです。公園という多くの可能性を秘めた場所で、地域で暮らす人々の関係性が再構築され、その人たちが楽しいと感じる「コト」を主体的に実現していくことが、これからの公園利用の新しいかたちとなり、地域活性化の大きな力となると確信しています。

 

 

■関連サイト
NPO法人 日本冒険遊び場づくり協会:http://bouken-asobiba.org/

NPO法人「あさかプレーパークの会」:http://app.45web.net/

 

※文中に出てくる所属、肩書等は、掲載時のものです。2018年12月掲載



過去記事一覧
13 関係性を構築する場として「冒険遊び場づくり」という実践
12 植物園・水族館と学ぶ地域自然の恵み
11 海外の公園と文化、そして都市
10 都市公園の新たな役割〜生物多様性の創出〜
09 日本の伝統園芸文化
08 リガーデンで庭の魅力を再発見
07 七ツ洞公園再生の仕掛け
06 ランドスケープ遺産の意義
05 公園文化を育てるのはお上に対する反骨精神?
04 公園のスピリチュアル
03 遺跡は保存、利活用、地域に還元してこそ意味をもつ  ~公園でそれを実現させたい~
02 公園市民力と雑木林
01 これからの公園と文化
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