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第11回 海外の公園と文化、そして都市

第11回目は、過去には、横浜クイーンズスクエア、晴海トリトンスクエアなどの再開発、現在は、トルコ、中国、ネパールなどで日本庭園設計から再開発、都市デザインまでを手掛けるランドスケープ・デザイナーの株式会社西田正徳ランドスケープ・デザイン・アトリエ代表 西田正徳氏に語っていただきました。

株式会社西田正徳ランドスケープ・デザイン・アトリエ代表
西田正徳氏
1. お花見文化の違い


公園文化、分解して公園と文化ということで最初に思い出すのは、お花見に見る文化の違いだ。

昔、アメリカ東海岸数都市への視察の際に、ワシントンD.C.ポトマック河畔にお花見の機会を得た。

花見と言っても、満開の桜の中の園路を多くの人が歩くだけで、桜の花の下、芝生の上に座る人は皆無だったと記憶している。静かに歩くだけで桜を鑑賞するだけの風景に日本の花見との違いを感じた。

この花見の風景の差異は、まずは州によっても違うが、屋外での飲酒が原則禁止というのも原因の一つであろう。しかし、アメリカの文化としてピクニック専用のバスケットにサンドイッチなどを詰め込んで、自然の中で芝生の上でのランチはあるはずである。それなのに、桜の下での飲み食いが無いのは、この場所が首都の、しかも国立公園として指定されている事に起因するとも考える。

お酒に関しては、禁酒法があったアメリカと、神様にお酒を奉納する日本の宗教的な考え方の違いもあるが、日本の花見のどんちゃん騒ぎにはアメリカ建国以前からの古い歴史がある。秀吉の吉野や醍醐の花見、将軍吉宗により造られた王子飛鳥山など、花見には飲み食いが付き物で江戸時代から今に至っている。

王子飛鳥山といえば、明治初期に太政官布達により公園として最初に指定された公園である。指定に際しては江戸時期の遊興地を選び、それを西洋の公園として指定したのであるが、花見という日本流の公園の使い方は日本の文化の一つとして、すでにその時点で完成していた。

今では海外から日本の花見の時期に観光に来る来訪者も増えている。良い風景を見ながら食べたり飲んだりしたいというのは誰もが抱く願望である。東京日比谷公園には戦前からのレストランがあり、その願望は叶うが、他の都市公園では今までは、公園法の建蔽率の制限もあり、売店でのアンパン程度で我慢せざるを得なかった。最近の都市公園法の改正により、公園内に民間のカフェなども増えて、公園内での飲食の風景が以前に増して豊かになりつつある。

 
花見は、日本人の屋外空間の楽しみ方の原点でもあり、日本の文化の一つでもある。それがゆえに、今では海外から日本の花見の時期の観光客も増えている。

 
もちろん管理する側からの規制も必要ではあるが、花見を公園文化の一つとして育てていく気持ちとさらなる工夫が求められていると考える。

2.花壇が野菜畑


次は「花より団子」、と言ってもここではEdible Landscapeに関する公園の文化について触れたい。

 
数年前にロンドンに行った時、市内の公園を巡って気になったのが花壇の植え込みだった。通常であれば花卉類が植え込まれるところが、そこに植えてあったのは全て野菜。ローズマリー等ハーブの他に、パセリーやレタス、アーティチョークなどもある。ロンドン市内のチェルシー地区にある写真のホランド・パークには、京都から送られた日本庭園もあるし、テニスコートなどのスポーツ施設もあるロンドンを代表する都市公園の一つでもある。野菜畑の近くにはレストラン、案内図を見るとダッチ・ガーデンとあり、さらにその園路と植栽地のレイアウトを見ると、どう見ても元々は花壇であったと思われるスペースが野菜で埋め尽くされているのである。

このような光景がここだけに限った事と思ったら、ロンドンの他の公園でも、スペインのプラド美術館の隣の王立植物園でも、そしてロンドンで毎年開催される人気のチェルシー・フラワー・ショーでも、庭園展示の主会場がこのエディブルをテーマとした庭園として見ることができる。

なぜ花壇が野菜畑になったか?理由は、複数考えられる。もちろん子供達に野菜が育つところを見せる食育の場の提供も一つである。数年前のフラワー・ショーでは別の理由がその説明書きに記されていた。「もしロンドンが何かの理由で交通が途絶えたら、市内の食料は3日でなくなる。だから近くで食べ物を作り出すことが必要だ。それにはこの様なやり方がある」という意図での庭園展示であった。

都市での「食べることができる」ランドスケープの理由は、こんなところでも見つけることができる。イギリスの植物を主題としたテーマパーク「エデン・プロジェクト」には小さな畑の展示がある。わずか10m×10m程度の野菜畑は、英国の標準的4人家族が年間に消費する野菜の生産可能な面積と記されている。さらに、その標準家族が年間に排出する二酸化炭素量は、家庭の電気などの設備消費で4.2トン、車などの交通手段での消費が4.4トンであるのに対して、食物の生産、運搬、流通、包装などに8トンが排出される。だから身近なところで野菜など食べられる緑を作ることが大切で、それが二酸化炭素排出量削減に僅かでも貢献するという説明である。(数値は「エデン・プロジェクトのパンフレットより」)

ロンドンの都市公園の野菜畑の野菜が最終的にどのように食されるかは不明であるが、少なくともそれを見た人に自分の家で、プランターでも良いから野菜を育てる気にさせるというのがこれらの公園の野菜畑の意図であると考える。植物を育てる事で癒され、野菜を食して健康になる。さらにそれが少しでも地球環境に貢献、貢献せずとも環境を考えるキッカケになるのがこの野菜畑である。

日本の公園では花壇を野菜畑にするには、まだまだハードルが高い。そのハードルを下げるには、前述した都市で野菜を育てる理由づけが必要で、それがあれば都市で野菜、都市で農業を拡げる可能性が公園に大きく広がると考える。

3. 花畑と都市


今度は野菜畑からまたお花畑へ話を戻す。

最近はニューヨークも私の学生時代の1970〜80年代とは違い、随分と安全になったもので、マンハッタンの北の方も場所によっては地下鉄と徒歩で行く事も可能である。そこで、1875年にオルムステッドが設計して72丁目から158丁目にわたって6.4kmのびるリバーサイド・パークに行ってみた。

リバーサイド・パークはハドソン川に面するマンハッタン島の西側に位置し、1960年代に映画でも流行したミュージカル「ウェストサイド物語」のそのウェストサイドに位置し、そのミュージカルの舞台となった場所よりも、ずっと北に位置する。昔であったら物騒で昼でも一人歩きは危険と呼ばれたエリアである。

1960〜70年代のニューヨークを知っている人には、ニューヨークの公園がどれほど安全になったかを実感できる場所でもある。なぜ公園が安全になったかを考えると、もちろんここ数十年のアメリカの景気上昇もその根底にはあるが、ニューヨーク市自体の街の安全性の向上が公園や緑地にも波及したという事がある。

もう一つ理由があると思ったのが、このリバーサイドをなぜ訪れたかに関連している。この公園を訪れたのは公園内の小さなお花畑を見たかったからだ。そのお花畑は、映画のラストシーンに現れる場所で、「ユー・ガッタ・メール」というメグ・ライアンとトム・ハンクス主演のラストシーンの背景として使われている。

そこで目を引いたのは、花畑の周りの柵に掛っていたサインである。サインには、このガーデンは近隣住民によって作られ維持管理がされている事が示されている。近隣住民が材料まで持ち込んで、自分の庭の様に世話をする姿にはこれからの公園を考える上でのヒントがある。

最初にウェストサイドが危ない場所と言った事に関連するが、この公園管理の一部を住民がボランティアで行う事により、公園に絶えず監視の目が存在し、それにより公園が安全になるという現象が起きている。お花畑はもちろん公園としての景観を高めるだけでなく、公園のセキュリティ向上にも貢献している。アメリカでも日本でも公共サイドでは、公園の維持管理費の捻出に苦労している。その打開にはやはり近隣住民のボランティアの参加が不可欠である。それを引き出すためには、公共側もその土地の利用の自由度を住民や民間側に提供するという、お互いがウィンウィンとなる関係が必要である。それが公園をより良くし、さらにはその周りの街までも良く行く事に繋がると考える。

4. 街を変える公園


最後は、前節に関連して公園と街との関係を考えて見たい。

先のニューヨーク、リバーサイド・パークよりもハドソン川をより下流に下ったところに、現在ハドソン・リバー・パークの建設が進行中である。パークとは言っても、そのほとんどは土地ではなく既存の桟橋がその機能を失い使われずに放置されていたものを、公園化したものである。

ニューヨークは18,19世紀には貿易港として栄え、それを支えた桟橋が数百と存在していた。それらの桟橋のうち、ハドソン川沿いの100近くを公園化する計画は、全体面積で220haにおよび、セントラル・パークの半分以上の規模の緑地をここ10年足らずで作り出すものである。

この公園は単なるレクリエーションの緑地の増加だけに留まらず、ハドソン川に面する前述したウェストサイドの街の変革にも貢献しつつある。

前述のお花畑と同様に、公園を作る事により、住民が公園に出かける、公園に人が居ると、その人々が公園の監視役として犯罪が少なくなる、するとさらに公園に人が増える。そうすると、公園だけではなく、近隣の街自体も安全になり、人が街に出て来る。すると街も安全になり、商業が再生し、オフィスやホテルまで新たに作られて街が再生、活性化するという現象が起きる。

この現象はすでにこの公園よりさらに南にあるハイ・ラインで実証されている。使われなくなった都市インフラの高架線を緑道に変え、ほんのわずか2haの公園が街を活性化し、近隣に店舗が復活し、アパートの賃料は倍に跳ね上がり、オフィスやホテルまで作られ、その経済効果は数千億円に上るという試算が発表されている。

この動きはランドスケープ・アーバニズムとも呼ばれる。日本でのランドスケープ・アーバニズムを問われた時に、ニューヨークを例に取ろうとしても、日本の都市構造やインフラの違いから同じ様にはいかない。日本には日本流のランド
スケープ・アーバニズムが必要であり、それを考えるには、日本的な公園の楽しみ方、使い方、そして人の参画の仕方、すなわち日本流の公園の文化があって、それが日本の都市文化と融合した時に初めて成り立つものであると考える。


※文中に出てくる所属、肩書等は、取材時(2018年3月)のものです。2018年3月掲載

過去記事一覧
11 海外の公園と文化、そして都市
10 都市公園の新たな役割〜生物多様性の創出〜
09 日本の伝統園芸文化
08 リガーデンで庭の魅力を再発見
07 七ツ洞公園再生の仕掛け
06 ランドスケープ遺産の意義
05 公園文化を育てるのはお上に対する反骨精神?
04 公園のスピリチュアル
03 遺跡は保存、利活用、地域に還元してこそ意味をもつ  ~公園でそれを実現させたい~
02 公園市民力と雑木林
01 これからの公園と文化
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